そして……


 私は今、五年前に発見した火星の古代遺跡の研究に余念がない。

 世界中が信じられないと驚いた今世紀、いや人類史上稀に見る大発見だろう。遺跡は火星の谷にひっそりと、ドームの残骸を残して埋まっていた。地球に人類が生れる前の古い遺跡であることが、ほぼわかってきている。


 私はまだ、月虹を探す旅をしているのだ。


 そこにかつて、月虹という少年がいた。

 発見されて、はじめて彼は実在となった。

 火星人はどのように生活していたのか? 何を思っていたのだろうか? なぜ、このような高度な文明が滅んでしまったのか?

 月虹は、さびしい人だった。だから、私のことを理解しようとして、何でも受け入れてくれて、自分のことはあとまわし。何も主張せず、何の望みも言わなかった。


 だから……。

 今度は私が彼の好きなこと、彼の望み、彼のすべてを見つけてみせる。


 古代文字は曲者だ。このようなことなら、月虹に字を教えてもらえばよかったのに……などと、ジェフは笑った。

 ジェフは、今やこのプロジェクトの総責任者という重責を担う。



 私には、研究者のほかに顔がある。

 妻という顔、母という顔。

 火星の生活は、地球とかわらないほど、快適なものになりつつある。これから移住者は増えてくることだろう。

 朝日は、ドームで調整しているので、白く柔らかな光だ。

 朝食の用意が整うと、おねぼうな我が子をおこさなければならない。

 火星生まれのせいだろうか?

 私にもジェフにもまったく似ていない。

 アルビノで生れたせいかもしれない。どうも、火星生まれの子どもは色素が薄くなる傾向が強い。

 呼ぶと、彼はベッドから飛び起き、目をこする。寝坊をたしなめると、赤い目を大きく見開いていいわけをする。


「だってママ。僕、すごい夢見ていたんだよ。地球の女の子と遊ぶ夢なんだ!」


 私はにっこり微笑んだ。

 我が子には、月虹と名前をつけた。



=エンド=

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夢の中のさびしい恋人 わたなべ りえ @riehime

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