第37話 『メイドの奇行』

 

 湊たちが出発した後、ナナは残った仕事――自分の部屋に残してきた朝の怪しいメイド、カヤを教育しに戻った。


「コンコン」とドアをノックし、自分の部屋の上に相手が後輩ということもあって、返事を待たずに中に入る。

 中ではカヤが静かに座って――いなかった。



「……? どこに行ったのでしょうか……」



 ナナは顎に手を当てて少しの間考え込む。その様子はとても様になっており、ドアを開けっ放しにしたままだったため、前の廊下を通ったメイドが見惚れていた。


 何か他の指示をした覚えはないし、さすがに逃げ出すような子ではなかったと思い出す。

 しかしその時、隣の、湊の部屋から「ん〜〜っ!! サイコーです〜!!」と、あるはずのない声が聞こえてきた。



「――なっ!? ……殺しますか」



 『本気』と書いて『マジ』と読む。まさにナナの目はそんな感じだった。

 その殺気にあてられて、見惚れていたメイドは立ち去ったのだが、当然ナナはそれに気がついていない。


 一瞬、隣の部屋のドアを勢いよく開けようとしたが、その部屋が誰の部屋なのか思い出し、結局ゆっくりと開けた。しかし、だからこそ余計に怖い開け方になっていた。


 ドアが半分ほど開いた時、湊のベッドで湊の枕をヒャッハーしていたカヤはナナと目があった。そう、絶対零度の視線と。



「…………あ」



「…………」



 無言の視線。

 気づいた時にはカヤは床に土下座していた。



「すいっませんでしたーーーーーー!!」



「そこは湊様の部屋の床です。額をつけないでください。手をつけないでください。足をつけないでください。膝をつかないでください。息を吐かないでください。汚れます」



「え? それ、死んじゃいますよ……」



「それは仕方ないことなのです」



 クールなイメージはあっても、まさか暴言ラッシュを吐くような人だとは思っていなかったカヤは絶句する。

 同時に、このままではマジでヤバイ!と直感的に悟った。カヤは直感だけは優れているのだ。



「えと、ここで死ぬと部屋が汚れるかと……」



 自分でも何を言っているんだ! と思ってしまう言い訳だった。もしここで生き延びても別の場所で死ななければいけないのだから。



「…………はぁ……冗談ですよ。さすがに死ねとまでは言うつもりありません…………ちっ」



(――ひっ!?)



 カヤは本能的に逆らってはいけない人種がいることを理解した。こんなところで本能を発揮して欲しくないとも思ったが……


 死ななくてもいいと分かったことで、少し心に余裕ができたカヤは、ナナの後を追って湊の部屋を出てナナの部屋に戻った。



「――――で、何をしてらしたんですか?」



「お、お掃除を……「正直に言いなさい」――うっ」



 さすがにバレることは分かっていたが、いざ本当のことを言うには勇気が必要だった。例え相手がその内容を知っていたとしても。

 カヤは決まりが悪そうな顔でボソリと呟く。



「…………いでました」



「聞こえません」



「その、匂いを……嗅いでました」



 恥ずかしそうな顔を真っ赤にするカヤだったが、やっていたことの変態性から考えて、どう見ても自業自得だった。


 ナナは分かっていたことだったが、いざ本人の口から言われると再び殺気が湧き上がってきた。



「なんて羨ま――ゲホンゲホン、最低なことを……あなたはメイドとしての自覚があるのですか?」



 一瞬聞こえた本音については、ナナの目が怖くて聞くことが出来なかったため、カヤは幻聴だったと思うことにした。



「すみましぇん……二度と訪れないチャンスだと思うと……つい……」



「相手は勇者様、この国の、この世界の救世主となるお方ですよ? もし何かあったらどうするつもりなのですか!!」



「ぐすっ、はい、ぐすっ……すみましぇぇん……勇者様が、いつか、ぐすっ、魔王討伐に、向かうと、考えだら、我慢できなぐでぇぇ……うぅ」



 ナナの叱責を浴びたカヤは、鼻水をすすりながらなんとかより詳細な理由を語ったが、「考えたら」のあたりから鼻声になっていた。


 いまにも泣きそう、というよりも泣いてしまっているカヤを見ると、少しキツく言いすぎたかとナナは後悔した。

 しかし、理由がどうあれ勇者が不快になる可能性が少しでもある行為をメイドがしたのだから、謝ることはしなかった。

 決して嫉妬心からではない……はずだ。



「今回だけです。次はないですよ」



 それを聞いたカヤはパァッと太陽が昇る幻覚が見えてくるほど明るくなり、勢いよく立ち上がって腰を曲げた。



「あ、ありがとうございます!!」



 その時、揺れる豊富な胸をナナが凝視していたことに気付かなかったのは幸いだったのだろう。

 しかし、その天真爛漫な性格に緩んだ頰が再び硬直してしまったことに変わりはなく、少し優しくしようという決意はいともたやすく崩れ去ったのだった。


 その後、ナナは王城の風呂場で残念な、もとい控えめな胸を嘆くことになる。



「仕事に戻ります。あなたの教育は根本的なところからやり直さなければならないようなので、後で考えておきます。今日はいつもと同じ、廊下、風呂場、会議室、あとトイレの掃除をお願いします」



 メイドの仕事は楽そうに見えて実はとても忙しく、この掃除量でもナナの仕事と比べればとても楽な方なのだ。

 ちなみに、風呂場の大きさは下手な一軒家より広く、廊下に至っては曲がり角が多すぎて広さが分からない程である。また、トイレに関しても同じで、人が住める程の広さがあったりする。



「は、はいっ! 頑張ります!!」



 ここで落とした信頼を取り戻さないわけにはいかず、今までで一番大きな声だと思われるほどの大きさで返事をした。

 天真爛漫な性格が功をなしたのか、返事をした後にスッキリとした顔は自然と笑顔になり、その場の空気を和らげた。


 掃除をするためにカヤが部屋を出ていった後、ナナは悩んでいた。

 何にかというと、カヤの教育方法――ではなく、仕事の量――でもなく、湊の部屋で、湊のベッドで、湊の枕でヒャッハーするかどうかということである。



(人類は皆変態なのです)



 などと、どこか日本を思い出させる言い訳を頭の中でしていたのだが、特に誰も周りにいないし口にもだしておらず、結局自制して湊の部屋に行かなかったので意味がなかった。

 ただ、後日冷静な時に思い出し、一人で恥ずかしさで悶えることになるだけだった。近くを歩き、その醜態を見たものにとってはご褒美だっただろう。

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灰色勇者召喚〜クズな努力家はそれでも勇者〜 プラネタリウム @makaronDX

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