エピローグ
「もう帰っちゃうのねぇ……オネェさん寂しいわん」
「そ、そうですか……しかし、仕事もありますので」
「そうですね。二日間、お世話になりました」
「……俺はもう来たくないが」
「「……同意」」
次の日の早朝、湊たちは再び宿の前に集まっていた。目的は当然お別れの挨拶で、ユタのクネクネとした動きに若干引きながらアイリスとメルティアが言葉を返す。
後ろで聞いていたリーベルトの呟きには、二人の女性勇者も深く同意している。言葉には出していないが、実は内心では湊も同意していた。
実際、自業自得ではあれど、最も被害を受けたのは湊なのだ。湊は、顔面にユタの例のアレを投げつけられたメルティアが平気なのが不思議で仕方なかった。
(まさか……そっち系なのか?)
自分の知らぬところで誤解を招いてしまっていたメルティアであった。
最後にもう一度お礼を言って湊たちはユタと別れた。別れの涙を流したのはユタだけである。
帰りは疲れがとれていることもあってか、それとも下り坂だからか、行きよりも大分速く馬車のところまでたどり着いた。
馬は現在、草をむしゃむしゃと食べていた。
「おっ、生きてたか、タカシ」
「タカシって誰よ。変な名前、付けないでくれる?」
「ヒヒーン!!」
アイリスの言葉に同調するタカシ。湊に頭をスリスリとしているその姿は、まるで別の生き物のよう……
「喜んでるぞ。こいつホントに馬か?」
「う、馬よ! たぶん……」
「お手」
「ヒヒーン!」
「ごめんなさい猫です」
アイリスは自分の信じていた人に裏切られた気分――とはいかなくとも、そこそこ残念な気分になっていた。
別にアイリスがこの
アッサリと手のひらを返したアイリスに、周りで傍観していた比奈たちは苦笑気味だ。
「時間に余裕はありますが、早く帰るに越したことはありませんし、乗りましょう」
「頼んだぞ、タロウ」
「名前変わってるじゃない!!」
メルティアのフォローは無駄に終わり、それを見たクズ勇者はどこか楽しげに馬車に乗り込んだ。
「どこでもぶれませんね、湊くん」
「……ウザ勇者……」
一連のやりとりを見ていた残りの勇者二人も湊の後に続いた。そしてメルティアとアイリスも続く。
最後に全員が乗り込んだのを確認したリーベルトは、馬にまたがって出発の合図を送る。
「頼むぞ、タロウ……出発する!!」
「ヒヒーーーン!!」
今までで一番大きな声を上げ、タロウは足を運び始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
――東門
そこでは、メイド服を着た二人の美女、美少女が並んで立っていた。一応周りに数人の兵士が護衛として立っているので、襲われることはない。
「き、来ましたよ! 先輩っ! 来ました!!」
「メイドたるもの慌ててはいけません。そんなことでは湊様に呆れられてしまいますよ」
「そ、そうでした! へいじょうしん、へいじょうしんー……」
慌てていた少女――カヤは、先輩メイドであるナナの言葉で平常心を取り戻そうとたわわな果実に両手を当て、ゆっくりと深呼吸をする。
「いつまで目を瞑っているのですか。もう来ますよ」
その果実を見てムッとしたナナは、少しだけいつもより強めの声音でカヤを注意する。
カヤが慌てて目を開けると、言葉通り馬車はもう目の前まで来ていた。
「お迎えご苦労さん」
リーベルトは馬から飛び降りると、二人に向けて一言労う。ナナは慣れた様子で一礼をするが、カヤは緊張で固まってしまっている。
湊たちも順番に馬車から降りていく。一人が地に足を着くたびにカヤがピクリとしていたので、それに気づいていたリーベルトは苦笑している。
「ん? カヤちゃん、久しぶりだね」
「ひゃ、ひゃいっ! あと、えと、お、お久しぶりでございます!!」
まさか声をかけられるとは思っていなかったのか、噛みまくりで顔が真っ赤になっている。
「二日ぶりですね、湊様?」
先にカヤに声をかけたことに嫉妬しているのか、ナナの笑顔はかなり黒かった。それも後ろでアイリスが「――ヒっ!?」と怯える程には……
「ああ、俺もお前との熱い夜が恋しくなってきたところだったよ」
「――ちょっ!? そら、ホントに問題発言だからやめてよ! ……っていうか嘘なのよね?」
アイリスは「ふふっ」と意味有りげに笑うとナナを見て少し不安になっていた。勇者がメイドに手を出すなど、外見が悪すぎるので本当にやめてほしいのだ。
しかし、幸いにも周りには聞こえていなかった。特に某勇者に聞かれていたらだいぶまずかっただろう。
「はぁ……今度勇者のお披露目があるっていうのに……ナナ、あなたも気をつけなさい」
「申し訳ございません。以後、気をつけます」
さすがに現王女に無礼な態度をとるわけにもいかず、ナナは素直に謝罪を述べる。
しかし、ナナが有能なことはアイリスも知っているので、特に心配はしていなかった。むしろ心配しなくてはいけない相手は――
「あっ、あんなところに石ころが!」
「勇者の威厳っ!!」
少なからず注目されている状態でもなお自由に行動する湊に、アイリスは頭を抑える。
これは手強い相手だと、アイリスは改めて実感した。
(手強い敵は内側にいた……ってことかしら?)
冗談でも考えていないとやってられない、とさえ思ってしまうのだった。
あれからしばらく歩いて、湊たち温泉組にとっては二日ぶりの王城に帰ってきた。
「へいへい開門でーーーーす!!」
そう元気に声を上げながら勝手に門を押したのは比奈で、すでに周りには関係者しかいないのでアイリスが怒ることはなかった。
「比奈、気をつけろ。この城がすでに魔王の手に落ちていたらどうするつもりだ」
「な、なるほど……」
「落ちてるわけないでしょ」
湊の突拍子もない言葉に、アイリスは呆れた声を漏らす。メルティアも苦笑をしながらもしかしたら、という言葉に冷や汗をかいている。
「ま、まあ確認は、必要、よね?」
メルティアが冷や汗をかいているのを見て、あり得ないことだとはわかっていても少し心配になるアイリス。
しかし――
「何やってるんだ? 入りたくないならしめるぞー」
湊は無慈悲にも本当に門を閉め始めた。
ちなみに地味にアイリス以外はすでに中に入っている。
「ま、待ちなさい! あなたが確認しろって言ったんでしょうが!!」
「確認しろとは言ってない」
「それはっ――……そう、だけど」
走ってギリギリ中に入れたアイリスは、湊の正論に言い返すことが出来ず、しかし納得もいっていない表情をしていた。
「まあとりあえず――」
――――ただいま
一番言いそうにない男の意外な言葉に、周りは自然と顔を綻ばせていた。
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