ハロウィン屋さん

オリハ

ハロウィン屋さん

「トリック・オア・トリート!」


 扉が吹き飛ぶように開く。目を向けると姪が立っていた。多分、扉か壁に傷がついたので姉さんに修理費を請求しよう。


「お菓子を貰ってとイタズラしちゃうぞ!」


「そんな理不尽な行事だったっけ?」


 午後七時に似つかわしくないテンションの姪は、狭い事務所をすたすたと見回る。


「伯父さん、お菓子は?」


「伯父さん家ではハロウィンやらないんだよ」


「かぁー、しけてやがる」


「というか他の家でもやってないだろう。明日だぞ、ハロウィン」


「知ってるよ、そんなこと」


「だったら何の用だ」


「ハロウィン屋に行こう!」


 俺は、ハロウィン屋、という聞きなれない言葉を訝しむ。


「なんだそれ、通販でもないのにハロウィン専門店なのか? 九月か十月しか営業できないぞ。馬鹿な商売だな」


「馬鹿じゃないよ! 年中やってるよ!」


「なおさら馬鹿だな。大赤字だろ。本当にあるのか、そんな店?」


「あるよ、ほら!」


 姪は懐からチラシを取り出した。

 広告ビラのようで、店の外観が写っていた。


 古びた小屋の看板に、大きな文字で「Halloween」と――

 ……いや、「Hellowin」と書かれていた。

 綴りが間違っている。


「悪いこと言わないからこの店はやめとけ」


「えぇー、なんでぇ?」


「パチモン臭がすごい」


 俺のありがたい言葉に、姪は「そんなことないよ!」と反論する。


「このTシャツもその店で買ったんだよ!」


 姪はジャケットの前を開いて、中に着ているTシャツを見せた。目に飛び込んでくる「Hellowin!」の文字。なんて不憫な子だ。


「お前……頼むから、ジャケットのボタンを閉めてくれ」


「ねえ、行こうよ、伯父さん!」


「お母さんに連れてってもらいなさい」


「お母さんが、「伯父さんに連れてってもらいなさい」って」


 決めた。修理費と一緒にバイト代も請求しよう。




「おっちゃん、来たよぉ!」


 姪が乱暴に扉を開ける。こいつはどこでもこの開け方なんだろうか。

 店には店主らしき男が一人いるだけだった。長髪をひっつめた胡散臭い男だ。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。今日はお父さんが一緒かい」


「ううん、伯父さん。お母さんと違ってなんでも買ってくれるの」


適当なこと言うな。


「そうかそうか、じゃあこちらの新商品はどうだい」


 店主はお面を取り出した。パンプキンに顔が書いてある、よくあるお面だ。姪が「どこが新しいの?」と尋ねた。


「お面の裏に、額当てが付いてるでしょう?」


 お面を裏返すと、金属製の額当てが付いていた。俺は「確かに付いてますね」と相槌を打つ。


「これがどういうもんなんですか?」


「感情を読み取って、お面が表情を変えるんですよ」


「怖っ!」


 俺はお面を店主に突き返した。


「こんなとこで売っていいモンじゃないでしょ!」


「自慢の商品なんですけどねぇ」


 店主は自分でお面をかぶって見せた。お面がめっちゃ悪い顔しとる。


「おい、この店やっぱりヤバいんじゃないか?」


 僕は姪に呼びかけた。姪はハンガーラックを物色しており、「おっちゃん、この服試着するね」と試着室へ向かった。


 え、お前の中でお面のくだりもう終わってるの?

 少し寂しい気持ちになった。


「伯父さん、着替え、覗かないでよね!」


 小生意気なことを抜かすと、姪は勢いよくカーテンを閉めた。

 が、数瞬後、同じ勢いでカーテンが開いた。


「伯父さん、これ一人じゃ着れないから手伝ってよ」


 微塵もばつの悪そうな雰囲気が見られない。これは確かに姉さんの娘だ。

 



 試着室に入ると、商品の服を押し付けられた。背中が開いているデザインで、繋ぎとめるための帯が付いている。


「それの後ろをちょうちょ結びしてほしいの」


 姪がTシャツを脱ぎながら言う。さっき覗くなとか言ってた割には恥じらいも何もない。可愛くない。


 俺は服に付いている値札を見た。


「おい、プリントミスを見つけた。0が一個多い」


「合ってるよ。そんなもんだよ」


「冗談だろ? 俺が今着てるシャツ三十枚分だぞ」


 俺は溜息をつきながら財布の中身を確認した。


「あれ、買ってくれるの?」


「まぁ、一応。おじさんだからな」


 姪は得意げにポージングをとった。


「ははーん、私も下着姿で男を悩殺するようになっちゃったかぁ。罪な女」


「その色気の欠片もないスポーツブラが取れてから言ってくれ」


姪はスポブラを脱ぎ捨てた。

そういう意味じゃねぇよ。




 帰り道、姪は買ってやった服をそのまま着て帰った。

 蝶々結びの部分がその名の通り蝶々に見えるデザインで、なかなか仮装感は出ていた。

 俺は財布の中身を恨めしく見つめた。うちの諭吉さんは蝶々でもないのにどこかに飛んで行ってしまったらしい。


 俺が財布とにらめっこをしていると、姪が手の平を差し出してきた。

 なんだこいつ。これ以上俺から何を奪おうと言うんだ。


「レシート頂戴」


「レシート?」


「お母さんに請求しといてあげる」


「おお、それは助かる」


 俺はポケットからレシートを取り出す。そのまま姪に渡そうとして、

「あー、レシートか。やっぱ、いいわ」

 と手を引いた。


「いいの?」


「うん」


「あっそ」


 振り返って歩き出す姪を眺めながら、俺はポケットにレシートを戻した。


 ハロウィン屋でこっそり買った、お菓子袋の入ったポケットに。

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ハロウィン屋さん オリハ @Hakato_Ori

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