後編
第7話 力を合わせて
そうして、
「場所をずらしてはみたが……あまり意味はなかったかの」
夕雨は構えを解きながら、周りを見渡した。その目がある一点で止まる。
「……ああ、姿が見えないのに俺でも感じれる。こりゃ、かなり強そうだ……」
「とりあえずこっちから、出向く必要はないみたいだな」
「影浪が三人もいますから、影食いの反応が強いのでしょうね。――
ワタリたちも影浪たちの行動を見ると、支援するために、同時に空へと飛び上がった。三羽は等間隔に間をあけながら、空を旋回している。
徐々に気配は強まり、影食いは三人の前にその姿を現した。
前と違い、最初から巨大な姿のままだ。完全に右腕は動かなくなったのか、影食いは左腕で器用に体を支えながら影浪たちに近づいてくる。
そのためか、速度は前よりゆっくりだ。
「冗談だろ……」
煙羽はその巨体を見ながら、つぶやいた。影浪となってからさほどたっていない彼にとっては、信じがたい大きさだ。
その横で夕雨は意識を集中させて、影食いとの距離を測っている。
地面に響く振動が強くなる度に、見えている黒い体は大きくなっていく。
そして、影食いが三人の二十メートルほど手前まで来た時、
「――後ろ、頼んだぞっ」
夕雨は地面を蹴り上げ、影食いに向かって走りだした。赤い光を放つ短刀が、夕雨が走った道をなぞるように残像を残していく。
夕雨が向かってきたのを感じたのか、影食いは静止した。そして、それまで体を支えていた左腕を持ち上げた。
風を切るような一撃が、夕雨に迫る。夕雨はその攻撃を、ひらりと横に跳んでかわす。
今回の夕雨の役割は、あくまで引き付け役であり、彼女は本気で影食いに攻撃を加えるつもりはない。
夕雨は基本として、攻撃の回避を優先することにしていた。
着地した夕雨に弾が飛んでくる。それをひたすらに避ける。
夕雨が避けきれないものは、後方から煙羽が銃で壊していく。余裕があれば、影食いに向けて銃を撃ち、その動きをかく乱していく。作戦どおりの動きだった。
「すげぇもんだな」
夕雨の動きには一切の無駄がない。二回目ということもあり、十分に相手の攻撃を読めている。
さすがは数百年
煙羽は、夕雨を支援しながらも必要以上に影食いに近寄ろうとはしない。
先ほどの戦いの話から、影浪どうしが近づきすぎると、一斉に攻撃を受けやすくなると考えたからだ。
夕雨も二人との距離を縮めないようにしながら、影食いを引き付けていく。
潮里は、そんな夕雨を見ながら、じっとタイミングを計っていた。
彼女の持つ傘には、強い緑の光が集まっている。一定の強さを維持したままそこからは変化しない。
ただ、じっと機会を伺っている。
やがて、潮里の見つめる先で影食いの攻撃が変化した。上空を飛んでいるワタリたちをも巻き込むように、夕雨に向けて多くの弾を発射し始めた。
「来たぞ!」
それこそ三人が待っていた瞬間だった。
影食いは体から生み出した弾を降らしながら、夕雨に左腕を降りおろしていく。
それは、明らかに影食いの最大の攻撃だった。
夕雨は、短刀の光を最大にまで伸ばした。彼女の背丈と変わらないほど伸びた刀身を振り、弾を消していく。
それを見ると、煙羽は銃による支援を止め、銃口に光を集めはじめた。そのまま潮里に目配せをする。
潮里はうなずくと、傘を握る手に力を込めた。夕雨に襲いかかる左腕の動きを見極める。タイミングを間違えるわけにはいかない。
そして、潮里は彼女が最適だと思った瞬間に光を解放した。
「生成、
傘から放たれた光が壁となり、拳を受け止める。
夕雨はそれを見ると、弾を短刀で引き返しながら後退した。短刀に意識を集中させていく。
その間に動いたのは煙羽だった。壁の生成からさほどたたずに、銃の引き金に手をかけた。
「
そして、影食いに向けて銃を撃った。
銃口から発射された弾は、まっすぐ影食いに向かっていった。壁に拳をめり込ませている影食いは動けず、銃弾をその体に受けた。
銃弾が当たった場所から黒い塵が舞い、それとともに青い光が弾けはじめた。
青い光は細い紐状になると、影食いの体を包むように広がった。幾重にも青い紐が、影食いの体にまとわりついていく。
そうして紐となった青い光は、影食いの体を縛り上げた。
影食いは拳を振り上げた姿勢のまま、体を激しく揺らしたが、青い紐は切れない。これで腕で体をかばうこともできないだろう。
黒い巨体は弾を放出することも止め、完全に動かなくなった。
夕雨はそれを見ると、赤い光が上る短刀を構え直した。じっと目標を見つめる。
「終わらせよう」
夕雨は、一歩足を前に踏み出した。
後ろにいる潮里と煙羽もそれぞれの想器を構える。
「準備できましたっ」
空を飛んでいるワタリたちが、三人の準備が終わったことを確認する。ワタリたちは飛びながら、攻撃開始の合図を行っていく。
「三」
「二」
「一」
煙羽、潮里、夕雨のワタリは順にカウントダウンをしていき、最後に三羽同時に、
「
そう言った瞬間、影浪たちは動いた。
夕雨は壁に向かって走ると壁を蹴り上げる力を利用して、上空に跳び上がった。影食いの体を、上から切りつけようと短刀を振り上げる。赤い着物が宙を舞う。
短刀の切っ先が影食いに届く直前、潮里は開いた傘から強い光を放った。夕雨が狙う場所の左側に攻撃が向かう。
煙羽も銃から強い光を撃った。彼の攻撃は、右側に向かっていく。
緑と青の光が影食いに達すると同時に、胴体に赤い光が垂直に走った。影食いの体から、黒い塵がはらはらと舞いあがる。
「どうじゃ……」
影食いから十分な距離をとった場所に着地して、夕雨は状況を見つめた。
後ろにいる二人も上空のワタリたちも、気を抜くことなく状況を見守る。影食いの体は塵を散らしながらその巨体を縮めていく。
「ダメ……なの?」
潮里の口が小さく動いた。
縮みつつある影食いの巨体は、薄くはならない。まだ、黒い体をはっきりと見ることができる。
夕雨は、影食いをぐっとにらみつけると、もう一太刀浴びせようと、短刀を持ち直した。
その夕雨に影食いの体から生まれた塵が弾となって、襲いかかる。彼女は舌打ちをすると、弾を避けるために後退した。
その前で徐々に影食いが動きはじめる。三人の攻撃により、青い紐はほどけてしまっていた。
影食いの体は一回り小さくなり、その動きはかなり鈍い。あともう少しで倒しきれそうだ。
「しつけーんだよっ」
煙羽はそう吐き捨てると、銃を両手で持った。光を集めていく。
と、そんな煙羽に向けても、影食いから生まれた弾が振りかかってきた。煙羽は仕方なく後退した。銃の射程圏内から外れていく。
今や、影食いから円状に弾は飛んでいる。三人はもちろんのこと、上空のワタリたちも影食いに近づけない。
想いを力に変える影浪にとって、想いを集中させにくいこの状況下では攻撃を加えにくい。それに、煙羽に加えて潮里でさえも想器の射程圏内からそれてしまっていた。
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