第8話 正刻を狙え
どうする――
同じ言葉が、三人の頭をかすめた。
黒い弾が途切れたのを見計らい、
おそらく、影食いからも攻撃はできないのだろうが、今の影食いは自らの身を守ることを優先したのだろう。しばらく、この状態のまま地面から出そうにない。
「近くに行ったら、出てくんじゃねえのか」
煙羽が提案したが、
「どうでしょうか。このまま待っていても、出てこない可能性の方が高いような気がします。それに、近くまで行った時にいきなり影食いが出てきたら、攻撃をもろに受けてしまうかもしれません」
「でももう、それしかないだろ」
「その方法だと、誰かが消えてしまうかもしれない」
「潮里は、それを心配しているのじゃ」
「俺たちは元からそうだろ。いつ消えるのかわからないそんな存在だ」
「そうだがの……」
夕雨は、影食いに視線を向けた。
「戦いで誰かを失うのは、正直に言って我も嫌じゃ。それに、三人合わせた攻撃でも倒しきれなかった。影食いを地面から引き出し、そして完全に倒しきる。そんな方法が我らには
「…………」
煙羽は、考えるように視線をそらした。
「威力が足らないのは多分俺のせいだろ。力が弱いからな。……で、何か案はあるのかよ」
「考えてはおるが思いつかぬ。こうしておる間にも、影食いはああして影の世界を食らっておるというのにな……」
「あれ、影の世界を壊してんのか。ただ地面に溶け込んでるように見えるけど」
煙羽はそこまで言うと、はっとしたように目を見開いた。
「影の世界を壊す。そうか、なら」
「どうしました?」
潮里が尋ねると、煙羽は二人を交互に見た。
「なあ。一回、態勢を立て直さないか」
「ここまで来てか?」
「……俺に、考えがある」
短めに、煙羽は言葉を返した。
「それにはお前らの賛同はもちろん、死神の許可もいると思うんだ」
夕雨は
「わかった、
「……はい。それに力を結構使ってしまいましたし。一度、休んだ方がいいかもしれません」
三人は影食いの動きを注意深く見ながら、転移の準備をはじめた。
戦いを通して力を使った三人は、一人だけで転移を行う力は残っていない。夕雨と潮里に限れば、前の戦いのダメージもある程度残っているはずだ。
だからこそ、蹴りをつけるにはあの方法しかないと煙羽は思っていた。そしてその方法を取るのなら、自分がやるしかないと。
三人が準備していると、ワタリたちが降下してきた。三人が作っている光の輪の中に入る。
三つの光が交差している輪が完成すると、その中に足を踏み入れ、影食いを悔しげに見つつ、三人は同時に言葉を唱えた。
「転移、開始」
三人の見ている影の世界が残像を散らしながら、ぼやけて目の前から見えなくなる。
ぼやけた景色はさほど間を置かずに、形を取り戻し始める。
見えてくるのは、代わりばえしない影の世界。現世を覗けば、先ほど三人が出会った公園の入り口であることがわかる。
「思ったよりも消耗したな」
煙羽はため息まじりにつぶやいた。その手にある銃を眺めてから消す。
後の二人の顔色も当たり前だが、優れない。空を飛んでいるワタリたちも、元気がないように見える。
周りを見渡しても、死神は見当たらない。先ほどの戦いの様子も見ているはずだが。
「まさか、こういう時に限って見ていないということではないだろうな」
夕雨が不満そうに言った時、
三人は、一様にそちらに目を向けた。
「……呼んだだろうか」
死神は、相変わらず平坦な調子でそう尋ねた。その眼はもちろん夕雨を見つめている。
「まあな。でも、用があるのは我ではない」
死神は夕雨の言葉が言い終わる前に、煙羽に視線を移した。どうやら話も把握しているようだ。
「それで、どのような策があるのだろうか」
「言う前にこいつらに確認したいことがある」
「確認、ですか?」
「ああ、俺はお前らより知っていることがずっと少ない。だから、確認したい」
煙羽は、二人に顔を向けた。
「あのまま放っておいて影食いが現世に出たら、その場合、影食いの力は、影の世界にいるときよりも弱くなるんだよな?」
「……そうじゃが、現世に出たらとんでもないことになる。生きる者に影食いに対抗する
「んなのはわかってる」
「何でそんなことを――」
夕雨が訊き返す前に、潮里が何かに気づいたように口元に手をやった。
「危険すぎます、それはっ」
その眼は不安げに揺れている。
「早まんなよ、俺はまだ何も言ってねぇだろうが」
「でも、あなたは……影食いをあえて現世に出す気なのでしょう? そんなことを尋ねてくるのですから」
「ああ、そうだ。できるかどうかわからねぇから言うのを先延ばしにしてたが……できるんだな?」
「できることはできるが……!」
夕雨は鋭い目を煙羽に向けた。ワタリたちも羽をばたつかせている。
動揺している煙羽の周りで、死神だけは表情を動かさなかった。ただ深緑の目をすっと細める。
「現世を危険にさらしそれを実行したとしても、あまり意味がないことは君にもわかっているはずだ。君たちの現出時間は、異なっているのだから」
「ああ、わかってる。この方法だと俺たちは共に戦うことはできない」
「ならば、なぜ……」
そこまで言って、死神は珍しく言葉を途切れさせた。煙羽はその反応を見て、余裕を含んだ笑みを浮かべた。
「あんたなら、全部言う前に気づくと思ったよ」
「――確かに時間的には可能だな。いずれにしろ、危険が伴うことに変わりはないが」
死神は視線を下に向けた。
「私は、成功する保証はしない」
「あの……すみません。一体何のことを言っているのですか?」
潮里の声に、死神は説明をするように煙羽に対し手で示した。
煙羽は元からそのつもりだったので、不思議そうな潮里と不満そうな夕雨に顔を向けた。
「まあ、簡単に言うと……あれだ」
「だから、あれとは何のことじゃ」
「――
煙羽は、はっきりとした口調でそう言った。夕雨と潮里は目を見開いた。
「影食いが現世に出ると弱まるように、俺たちも現出するためには条件がある。死んだ時刻の前後二時間、現出時間でないといけない。それも死んだ時刻から離れるほど力は弱くなる。でも逆に考えれば死んだ時刻――正刻なら、俺たちは現世で一番強い力を発揮できる。だったよな?」
煙羽は、足を前に踏み出した。
「だから、影食いが弱まった状態で正刻に攻撃を加えれば――正刻を射れば、倒せるはずだ。最大の攻撃なんだからな」
「うーむ」
夕雨は短刀を消すと、腕を組んだ。
「……言いたいことはわかったが、そうなると、本当に一人だけで戦うことになる。それに時間を考えると……煙羽、お前がやることになるぞ」
「そのつもりで言ってる。あのまま放っておいても地面から出てこない。手っ取り早く、地面から引っ張りだして倒すにはこの方法が一番だろ」
「じゃが」
なおも言葉を続けようとする夕雨に対し、煙羽は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……心配か? 俺の力が弱いから」
「それは……」
「だからこそ、させてほしい」
煙羽は笑みを消すと、真剣な表情になった。
「俺が俺自身の存在を肯定するために。俺という存在に自信を持つために。ほんの小さなことでもやり遂げたら、前に進める気がするんだ」
「煙羽さん……」
潮里は心配そうに傘を握りしめた。それは、はじめて聞いた煙羽の本音のような気がした。
「明日でも私はいいと思うんです。影食いが、すぐに影の世界に穴をあけることはまずありませんから。そんなに急がなくてもいいのでは?」
「ここまで来たんだ。今日で蹴りをつけたい。せっかくあそこまでダメージを与えたんだ。回復されたら、無駄になっちまうだろ」
「ですが」
「俺は消えないからよ。やらせてくれ。頼む」
煙羽はそう言うと、頭を下げた。
潮里と夕雨は驚いた顔で、そんな彼を見つめた。
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