第5話 集合

 影の世界に青い光を散らしながら現れたのは、高校生ぐらいと思われる少年だった。その横にはワタリが飛んでいる。

 少年は銃を手から消すと、めんどくさげに歩いてきた。死神の手前で足を止める。彼のワタリも飛ぶのをやめ、地面に着地した。

 死神を横目でにらんだ後、少年は二人の少女に目を向けた。


「……お久しぶりです、煙羽えんうさん」


 彼に近づくと、潮里しおりはお辞儀をした。続くように、夕雨ゆうさめも「久しぶりじゃな」と声を掛ける。

 そんな二人に対し先に言葉を返したのは、煙羽のワタリだった。


「お久しぶりです。夕雨様、潮里様」


 それから煙羽に顔を向けると、二人に挨拶を返せとでも言うように翼を二人に向けた。

 煙羽はそんなワタリの行動を眉をひそめて見つめたが、やがて、


「久しぶりだな」


 と、言葉を返した。

 その顔は不機嫌そうなままだ。煙羽は二人から目を離すと、改めて鋭い目を死神に向けた。


「……人を呼んでおいて、先に行きやがって。来るのやめようかと思ったぞ」

「しかし、来たということは話を受ける気があるのだな」

「よく言いやがる。盟約だ、影食かげくいと俺たちは戦うしかないんだろうが。わかってて、俺のことを呼んだくせによ」


 死神に言葉を返す様子を、三羽のワタリたちは不安げに見つめている。ここまで、死神に対し言葉を荒げる影浪はなかなかいない。

 夕雨も驚いたような目で見つめている。

 死神の方は、いつもと変わらない様子で、感情の見えない視線を煙羽に向けている。何をしてもそこが読めない人物だ。

 死神は煙羽の言葉が止んだのを見計らい、改めて全員を見渡した。


「……普段共にいない者たちが、共に行動するのは難しい面もあるだろう。だが、どうか、力を合わせ影食いを倒してほしい。それが我々死神からの頼みだ」


 死神はそこまで言うと、影浪たちに背を向けた。


「幸運を、祈る」


 その言葉を残して、死神はその場から消えた。もちろん何の合図もなしに。

 影浪たちはしばらく死神が消えた後を見つめていたが、やがて煙羽が口を開いた。


「……それで、俺はあの死神から『強力な影食いが現れた。三人で共に戦うことで倒せ』と聞いただけなんだが。……そんなに強いのか?」

「それ以外は何も聞いておらぬのか。確かに不親切じゃのお。あの死神も」


 夕雨は納得したように何度かうなずいた。それなら、煙羽が来るのをやめようとしたのも合点がいくような気がしたのだった。


「……かなり強く、巨大な影食いですよ。体の高さは建物の二階ほどはあるかと思います」

「……んなでかいのかよ」


 潮里の説明をきいて、煙羽は顔をしかめた。明らかに嫌そうだ。


「それに、なかなかいい動きをしよる。うまいぐあいに我らの攻撃を防ぐのじゃ。ちょうど、細長い体に両腕がついたような姿をしておるのだが。その腕で、攻撃と防御を行うのじゃ」

「攻守優れてるってことか。……でも、ある程度はダメージ入れたんじゃないのかよ?」


 その問いに、二人は少し考えこんだ。

 攻撃は確かに入れたものの、影食いの動きは止まらなかった。だが確かに、何のダメージも与えられていないのかと訊かれると、一つ思い当たることが二人にはあった。


「気を失う前……影食いは、左腕しか動かしていなかった気がします。もしかしたら、右腕はもう動かないのかもしれません」

「だとしたら、攻撃力はそいでいるわけだな? ……三人で突っ込めばどうにかなるかもしれねえぞ」

「……どうでしょうか」


 と、心配そうに声を上げたのは、夕雨のワタリだ。


「影食いは、夕雨たちの攻撃を受けるたびに攻撃方法を微妙に変えてきました。片腕が動かないのなら、また異なる攻撃を仕掛けてくる可能性があります」

「確かに、読み切れないところがありますね」


 横にいる潮里のワタリが、賛同するように声を上げた。

 そんなワタリたちの声を煙羽は静かに聞いていたが、やがて不思議そうに首をかしげた。


「……なあ。影食いは意思がないんだよな?」

「はい、そうですよ」


 煙羽のワタリが答えた。


「でもよ。こいつらの話聞く限り、まるで意思があるみたいじゃないか。攻撃を受けるたびに対応を変えるなんて」

「…………」


 これには煙羽のワタリは答えられないらしく、困ったように残りのワタリを見つめた。

 二羽のうち、一番長くる夕雨のワタリが答える。


「これは推測ですが。影食いには意思はなくとも感情はあります。何かを恐れることもあるはずです。それに消えることに対する恐怖はどんな存在でも、本能的に持っているものでしょう。影食いにあったとしても不思議ではない」

「つまり影食いは本能的に消えたくないと感じておるから、攻撃方法を変えたりすることで、り続けようとしている、ということになるのかの?」


 確認するような夕雨の問いに「おそらく」と、彼女のワタリはうなずいた。それから、煙羽に頭を向けた。


「……ああ、ありがとよ。よく分かった。俺のバカラスと違って、お前は頭が回るらしいな」

「バカラス?」


 潮里が訊き返した。

 煙羽のワタリはうつむきながら、「気にしないでください」と小さく声を上げた。


「まあ、大体状況は分かった。助かった」


 自らのワタリを無視しながら、煙羽は二人にお礼を述べた。

 潮里はしばらく不思議そうに煙羽と煙羽のワタリを見ていたが、やがて気を取り直したのか、


「……とりあえず、戦いに向かう前に、ある程度作戦を考えてみませんか?」


 遠慮がちにそう言った。


「いいのぉ、それは。各々が判断して勝手に戦うと、戦いにくくなるであろうしな」

「ま、いいんじゃね」


 夕雨と煙羽はうなずいた。潮里はそんな二人の反応を見てとると嬉しそうに微笑み、地面に座り込んだ。


「長くなるでしょうから。とりあえず、座って話しましょう」


 夕雨は勧められるままに、地面に座った。煙羽は、二人からやや距離をとったところに腰を下ろした。


 そんな三人を、三羽のワタリは離れたところから見つめる。

 不安げに見ているのは夕雨のワタリ、楽しそうなのが潮里のワタリ、そしていまだに元気がないのが煙羽のワタリだ。

 こうして見ると、同じ姿でも性格が異なることが感じとれる。

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