第3話 刻印の中心

「――これで、終わりだ!」


 煙羽は声とともに、影食いに一撃を食らわせた。それが新たに見つけた影食いの最後にの残りだった。銃弾を受けた影食いは消えていく。

 強い光を帯びた銃弾はその体を貫き、地面に当たった。先ほどと同じように地面に円を描いて、やがて見えなくなる。


 煙羽は、周りの影食いを倒したにも関わらず、銃を構えなおした。そのまま、意識を集中させた。

 先ほど煙羽たちがいた場所では駅前の大通りが見えたが、今現世に見えたのは、駅から離れた場所だった。

 駅前と比べて建物が少なく、高い建物もあまりない。少しさびれた印象を受ける。


「……これで三回刻印を撃った。そろそろ、原因を特定できるはずだよな?」

「はい」


 足元にいるワタリが答えた。


「んじゃあ、いくか」


 煙羽は銃口を上に向けて、構えた。目を閉じる。


「――我が刻んだ印よ、我が呼び声に従い、遺された想いを集めその源を示せ。――収集、想響そうきょう


 彼の声とともに、カーンと鐘のような音がどこからともなく響いた。

 煙羽の撃った刻印から、青色の光が満ちて空に上っていく。他の二か所に撃たれた刻印からも発せられる光が、遠くでわずかに見えた。

 三つの地点から集まった光は、同じ方向に向かって線を描くように集まっていく。

 やがて、その光は空中でぶつかると集まった地点ではじけた。

 それから徐々に光と音が消え、煙羽はゆっくりと目を開けた。光が収束し弾けた地点を見つめる。


「これは……」

「やはり、現世にあるようですね。影食いが集まった原因は」


 光がぶつかった地点は影の世界からでも見えたが、影の世界には何の異常も見られない。原因が現世にあると見て、間違いないだろう。

 現世の方はといえば、建物にさえぎられてよくわからない。


「歩いてくしかないか」


 煙羽には、光が見えなくなっていても、光が示した場所が確かに感じられた。現世の地点には、向かうことができる。

 煙羽は銃を持ったまま歩き出すと、ワタリは地面から飛び立った。煙羽に合わせてゆっくりと飛ぶ。

 煙羽は現世の道路に沿うように、足を進めた。


「……なあ。現世に原因があるってことは、幽魂ゆうこんが原因とみていいんだよな?」

「確実にそうなるでしょう。幽魂の中には、影の世界に伝わるほどの強い想いを抱くものがいますから」

「強い……」


 煙羽は、左手を握りしめた。


「俺は、その強い幽魂も感じられないってわけか……」


 そのつぶやきはワタリにも確かに届いたが、ワタリはどう答えればいいのかわからなかった。


影浪かげろうとは、よく言ったもんだ。いつ消えるかわからない、存在か……」


 煙羽は、自嘲気味に笑った。

 いつまでたっても、強くならずに不安定な彼の力。それは、そのまま彼自身の存在を表している。彼自身の想いは決まっているはずなのに、彼の存在は移ろい続けている。


「俺ももしかしたら、明日にはいないかもしれない」

「……ですが」


 ワタリが、遠慮がちに口を挟んだ。


「そうならないためにあなたは、今、前に進んでいるのでしょう」

「…………」

「きっとそうなのだと、私は信じています」


 煙羽はワタリに目を向けた。煙羽の眼は、どことなく鋭い。


「どうだか。俺は、自分で自分を終わらせた。それでここにいるんだ、だからわかんねえぞ。また、いつ消えてもいいと思うのか思わないのか、わからねえ」

「だとしても、です」


 そんなワタリの言葉を、煙羽は鼻で笑った。


(何で、そう言い切れるんだ、こいつ)


「めでたい奴だな、お前は。バカだけはある」

「だから、そう呼ぶのは控えて欲しいと」

「――見えてきたな」


 あきれぎみのワタリの言葉を、煙羽は遮った。

 煙羽の視線の先には、現世にある一つのビルが見えてきていた。

 そこは、先ほど見えた場所よりは駅に近い。飲食店がいくつか建ち並び、人通りもそれなりに多い。

 見つけたビルは、大通りから横道にそれた場所に建っている。

 煙羽の感覚が正しければ、そのビルに影食いの集まった原因――幽魂がいるはずだった。


 煙羽は目的のビルとはまだ距離があるにもかかわらず、足を止めた。ちょうど、大通りに面するビルの陰に隠れた場所だ。


「そろそろ現出した方がいいか」


 煙羽は、あまり人目に触れることが好きではないので、今のように、ギリギリの地点に来るまで現出しないことが多い。


「時間的にどうだ?」

「現在、十八時十二分ですね」


 聞きながら、煙羽はしばし考えこんだ。

 もうすでに、煙羽が現出できる時間は残り半分を切っているということになる。

 影浪は、四時間ある現出時間の真ん中に近いほど、現世で強い力が発揮できる。逆に言えば、真ん中を過ぎた今、煙羽の現世での力は落ちていく一方だ。


「……早めに終わらせよう」


 ここまでたどりついて、諦める気など煙羽にはなかった。煙羽の答えにワタリは黙ってうなずいた。

 煙羽はその反応を確認すると、手から銃を消した。


「――現出、開始」


 煙羽がそう言った瞬間、彼は現世に姿を現した。青い光が、わずかに周囲に飛んだ。通りの人がそれに気づいた様子はない。事前にビルの陰に隠れていたおかげだろう。

 煙羽は陰から顔を出した。目的のビルの位置を確認する。


 少し傾きかけた日に当たるそのビルは、どことなく薄汚れている。さびれた印象を受けた。

 同じように、現出したワタリが近くの看板に止まった。


「人が住んでいるようには見えないですね、商業ビルでしょうか」

「かもな、まあ、どうでもいいけど」


 煙羽は言うとビルの陰から出て、大通りに足を踏み入れた。追いかけて、ワタリも飛ぶ。

 煙羽はそのまま、大通りからつながる横道に足を踏み入れた。日が傾きつつある今、ほんの少し横道は暗い。

 煙羽たちはまっすぐに横道を進み、そして、目的のビルの前で止まった。

 飲食店が何軒か入っている、五階建てのビルのようだった。外装もそうだが、ビルのそばの看板も傷んでいる。本当に、今でも営業しているのかは怪しい。周囲には人影も見えない。


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