第2話 影を荒らすもの

「……るせぇな」


 煙羽えんうは、死神をにらみつけた。


「自分のことは、一番わかってるつもりだ。あんたに言われるまでもねえ」

らぬ世話だったか」

「ああ、俺はまだ消えない。消えるつもりなんてない。そうならないために、仕事してんだろうが。あんたらとの決まりごとは守ってる。それで、あんたは満足じゃねえのかよ?」


 言葉を荒げる煙羽の横で、ワタリは心配そうに首をもたげる。

 影浪かげろうの管理者とも言える死神に、たてつくようなことを言っているため、ワタリは気が気ではないのだった。


「立ち入るな、俺のことに」

「…………」


 煙羽の言葉を聞き終えると、死神はそっと目を閉じた。


「それが、今の答えか」

「まあ、そうなるな」

「そう、か」


 死神は目を開けると、ちらりと背後に目をやった。何気ない動作で、煙羽たちは別に気には留めなかった。


「――理解した。ならばそのまま、約束された盟約に従い任務を遂行するといい。我ら死神には救いきれぬ、魂を掬いに行け」

「言われなくてもするっての」

「はい、これからも、勤めは果たしましょう」


 めんどくさげに答える煙羽の横で、ワタリは丁寧に頭を下げた。そんな二人を見て、


「合いそうにないな、相変わらず」


 死神は、小さく言った。


「はあ?」


 言葉の意味がわからなかったのか、煙羽は聞き返したが、それを拒否するかのように、死神は踵を返した。

 背を向けたまま彼らに向かって、死神は言葉をかけた。


「忠告しておこう。この近辺では、影食かげくいの発生が多数確認されている。気をつけろ」

「んなことは知ってる。だから、俺は――」

「噂をすれば、だな」


 死神は、前を向いたままつぶやいた。


「しっかりと、役目を果たしてくれ」


 その言葉を残して、死神はその場から消えた。何の合図もなしに、何も残さずに、現れた時と同じように。

 煙羽はそれを見届けると、盛大なため息をついた。そばにいるワタリは、眼光を強めた。


 死神が、唐突に消えたからではない。

 死神が先ほどいた場所の奥。現世で言えば路地の奥辺りに、うごめくものが見える。

 魂の放つ白い光とは違う、黒いもやのかかったような光。それは、人と同じような大きさの丸い塊の形をしている。

 その姿には、目や口のようなものはない。黒い体は、ろうそくの火のように揺らめいている。


「……だから、俺はあいつが嫌いなんだ。絶対、こいつらに気づいていやがっただろっ」


 それこそが、死神が言っていた影食い――影の世界を荒らす存在だった。全部で三体いるだろうか。

 煙羽たちに気づいたのか、その姿は少しずつ近づいてきている。


「煙羽、来ますよ」

「わかってるっての、バカラス」

「その呼び方、めてくださいと、言ったでしょうに……」


 会話する煙羽たちに遠慮するはずもなく、影食いたちはまっすぐに向かってくる。煙羽は舌打ちをすると、ワタリとの会話を打ち切った。


「――現世、遮断」


 煙羽がそう言った瞬間、彼の眼に現世が映らなくなった。

 彼の目に飛び込んでくるのは、黒い大地が広がる影の世界だけになる。こうすることで、影の世界に意識を強く向けることができる。

 まだ影食いとは距離があったが、構わず、煙羽は右手を横に伸ばした。


想器そうき、召喚」


 その瞬間、彼の右手を中心に白い光が巻き起こった。

 徐々にその光は、深い青色を帯びていく。その光は煙羽の右手に集まり、手の中に想器を形成していく。

 そうして現れたのは、銃だった。ほんの少し青みを帯びた、黒いボディを持つ片手銃。それこそが煙羽の想器だった。


 煙羽は人差し指をピンと伸ばしたまま、銃を静かに構えた。

 ワタリはそれを見ると、慌てたように地面から飛び立った。影の世界には風など吹いていないが、ワタリはまるで風があるかのように優雅に飛んだ。


「この前みたいに、私を撃とうとしないでくださいよ」

「知るか、よけろ。何のための羽だ」


 煙羽は手短に答えると、向かってくる影食いに銃を向け引き金を引いた。

 パンという破裂音とともに、青みを帯びた銃弾が一体の影食いの体に食い込む。銃弾の当たった影食いは、そのまま薄くなりながらその場から消えた。

 消えた影食いの横を通り過ぎて、違う影食いが煙羽に跳びかかった。


「当たるかよ」


 煙羽は横に飛び退ってよけると、着地してすぐに、銃弾を影食いに浴びせた。跡形もなくその姿は消えていく。

 銃を構えなおす。先ほどまでいたはずの場所に目を向け、三体目がいないことに気付いた。どこにいるのか気配を探る。


「後ろです」


 煙羽が気づくのと同時に、ワタリは上から言葉を告げた。

 煙羽は振り返りざまに、銃を一発撃った。背後にいた影食いは、ふわりとそれをよけると、そのままの勢いで煙羽に向かってくる。

 煙羽は攻撃を避けきれないことを見越し、向かってくる影食いに、逆に右蹴りを食らわせた。

 何かに当たったようで当たっていないような、はっきりしない感触が足に伝わる。

 影食い自体には何のダメージも入っていないようだったが、衝撃を受けてその黒い体はよろけた。


「生成、刻印」


 言いながら煙羽は、影食いに向けて撃った。

 その銃弾は、それまでの弾よりも光が強く、はっきりとした青色をまとっている。

 影食いの体にあたると、そのまま体を突き破り地面に当たった。

 影食いの体が消える横で、地面に当たった弾は青い光を周囲に広げた。一人ぐらいが入りそうな、円状の光が生じる。

 その光は徐々に暗い青に変化し、やがて地面に消えた。


 煙羽は、それを見届けると、周囲をぐるりと見渡した。

 これ以上、影食いが現れるような気配はしない。確認すると、煙羽は手から想器を消した。


「……やはり、異常ですね」


 地面に降り立ってくると、ワタリはつぶやいた。


「そもそも、影食いは一体が生まれるまでに時間がかかります。それに彼らには、意思もない。そんな影食いが一か所に集まるとは……。異常、といってもおかしくないでしょう」

「何かに引かれてる……ということはないのか?」

「……どうでしょう。影食いはあなたたちを襲う、という特徴を持ってはいます。ただ、引かれるもの……となると」


 ワタリは、ほんの少し首を傾けた。


「やはり、現世になるのでしょうか? 現世と影の世界は、繋がっている。互いに影響を与えることがないわけでもない」

「現世ねえ……。ま、刻印を使えばどうにかなるんだろ?」

「おそらくは」

「どっちみち、俺は幽魂ゆうこんを感じにくいからな。刻印に頼るしかない」


 煙羽はそう言うと、深い息を吐いた。


「めんどくせぇ」

「ええ、ですが、原因を探らないといけません。先ほど、仕事をすると言ったばかりでしょう?」

「うるせ、わかってる。お前に言われるまでもない」


 煙羽はワタリを一瞥いちべつすると、歩き始めた。


「次の影食い、探しに行くぞ」


 その背を追って、ワタリが羽ばたく。煙羽たちは、影の世界を再び調査し始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る