閑話 影の世界に関する記憶

 ――現世と冥界めいかいの間、そこには普通の人間にはることができない空間がある。

 そこは黒い地面が広がる空間であり、その世界のはるか上空に冥界は存在する。この暗い空間からは現世を覗くことができる。

 そのことから、現世に波長が近い世界であると言える。現世に重なるように存在しているのである。

 この空間は現世と冥界を隔てる境界としての役割を持っており、我々死神は影の世界と呼んでいる。


 魂は、基本的に冥界に引かれる。

 肉体という、魂を現世に結びつけるものから離れた時、魂は冥界にへと引き付けられる。

 影の世界がなければ、現世は冥界と直接繋がってしまう。そうなると、肉体との結び付きよりも冥界からの影響を受けやすくなり、魂が冥界に引かれてしまう事態に至る。

 その意味で影の世界は重要な場所だ。


 その影の世界には、影浪かげろうが存在するわけであるが、そこに存在するのは、彼らだけではない。

 繰り返すが、魂は現世から影の世界を通り冥界に至る。そんな魂が影の世界を通る時、魂から想いがこぼれ落ちることがある。

 死んだ際に感じた後悔や悲しみ――その強き想い。

 現世で残されたこれらの思念は、自然と消えるが影の世界では異なる。


 影の世界に集まる思念は少しずつ集まり、やがて影食かげくいという存在となる。意思はなく、ただ影の世界を荒らす存在である。

 影の世界が荒らされ、現世との境界に穴が開けば現世は冥界の影響を受けやすくなってしまう。

 また本来、影の世界から出られないはずの影食いが、その穴から現世に出てしまうことにも繋がる。そのため、この影食いは我々にとって倒すべき存在である。


 しかし、この影食いは我ら死神には倒すことが難しい。

 我らの鎌は、魂には届く。

 だが、魂から抜け落ちた思念に対しては、ほとんど効果がない。しかも、思念のみでなる影食いには物理的攻撃も効きにくい。


 これらの理由により、かつて我らは影食いに苦しんでいたという。



 その中である時、冥主めいしゅは気づいた。


 影喰いと同じく、影の世界に存在する影浪。

 想いを力に変えることができる彼らなら、倒すことができる。想いから生まれた影食いに、想いで形作られる想器そうきなら届くはずである、と。

 実際、影浪は自らを襲う影食いを、倒すことで身を守っていた。

 人の形を留めるかげろう――かつていだかれていた魂のことを思い出すのか、影食いは影浪にひかれるようでもあった。


 故に、冥主は決めた。

 影浪と死神の間に盟約をたて、影食いの討伐と現世の魂の葬送を影浪に託すことを。

 冥界は、あらゆる世界のあらゆる魂がつどう場所。

 我々は、死んでもなお元いた場所に留まる魂を救うことにも勤めていたが、救いきれていないのも事実であった。死神の数に対して集う魂が多いからである。


 影浪、という世界のことわりから見て特異すぎる存在。

 彼らに存在することを許す代わりに、盟約を結び、役目を与えたということになる。この時、彼らに影浪としての新たな名と、補佐となる存在も共に与えた。

 こうして影浪の存在は死神により、保証されたのである。


 そうして長い時がたち、現在いまにまで続いている。


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