Thanks my home, and――.
緒賀けゐす
我が家にて、最後の五分。
部屋は今まで見たことがないくらいに、綺麗に片付いていた。
斜陽が窓から射し込む。微かに舞った埃が、四角く縁取られた光芒を浮かび上がらせる。伸びる光の先には、何も置かれていない机に、傷の付いた箪笥。夕焼けに染まった家具達は、私には少し寂しそうに見えた。
でも、彼らとも今日でおさらば。名残惜しい気持ちはもちろんある。でも、私には行くべき場所があるんだ。
「じゃあね、今までありがと――」
撫でるように、机の埃を払う。込み上げるものを抑えつつ、私は部屋を出た。そのまま階段を下りて、一階の台所へ。家族は少し外に出払っている。最近慌ただしかったこともあってか、台所は散らかり気味だった。食卓のテーブルの上にあるのも、袋に入ったコンビニ弁当。まあ、時間も無かったからね。でも最後くらいはお母さんの料理してる姿を……というのは、少し望み過ぎか。
私は肩を竦めてみせる。そのままの流れで、私は居間へ移る。
ここにいるのも今日まで。そう考えると、色んな思い出が鮮やかに蘇ってきた。身長を刻んだ柱、反発力を失ったソファ。テレビもブラウン管から大型液晶へと変わったけど、そのテレビデッキには小学生の頃の水泳大会で獲ったメダルが、いまだ誇らしげに飾られていた。そんな目に入る物一つ一つに、忘れがたい思い出が刻まれている。
今まで、色んなことがここであった。弟と喧嘩もした。お父さんと一緒に笑った。お母さんは一緒に悩んでくれたし、友達ともたくさん遊んだ。
――それに、みんな一緒に悲しんでくれた。それらは私がいなくなっても、家族や友達、そして物達が覚えていてくれる。だから、私が本当にいなくなるのはもう少し先の話だ。
さて、もう時間が無い。私はもう少し、ここに何かを残していきたい気分だ。せっかくだから、自分の思い出があまりないものでやっておきたい。
そんな事を考えるうち、夕日が部屋に射し込んだ。父こだわりの大きな窓が光を吸い込み、テレビとデッキ全体をオレンジ色に染める。メダルは目映い光を返し、テレビは画面にくっついた埃を浮かび上がらせていた。
その光景に、私の頭の中で一つの閃光が煌めいた。
「おぉ!これならいいかも!」
早速、私は取りかかる。やっぱり最後は、感謝の気持ちじゃないと――。
* * *
「ただいま……」
抱えた荷物を玄関に下ろし、少女の母は続けてため息を吐く。ただいまの挨拶に、返事は無い。その脇から続いて入ってきた少女の弟は、靴を脱ぎ、ゆったりとした足取りで居間へと向かった。
そのまま、少女の弟はしおれたソファに座り込む。そしておもむろにテーブルのリモコンを手に取り、電源を入れようとしたその瞬間。少女の弟は、夕日に照らされたそれを見つけた。
「母さん!母さん来て!」
玄関で荷物を整理していた母を引っ張り、弟は居間へと連れてくる。そして弟が指差すのは、消えたテレビの画面。
そこには埃が取れて
Thanks my home, and――. 緒賀けゐす @oga-keisu
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