第4話『訳が分からない時は訳が分からないことをする』






近くの藁の束の上に寝ころんで腕を頭の後ろで組む。

俺は訳も分からずに寝た。

そもそもゲームの中なら寝れないと言うが出来るならこれは現実なのだろうか?

一瞬そう考えるもどうでも良くなって寝た。

俺はいつもそうだ訳が分からなくて判断に困ると寝るのだ。


夢を見る。


昔の夢だ。

母親が生きており父親がまだ怖かった頃の夢だ。

まだあの頃は分からなかったが俺の名前はDQNネームとかキラキラネームとか言われるもので影では何か言われていたのだと思う。

だが悪口を口に出され言われた記憶がないのは周りが優しかったのだろう。


懐かしい記憶。


いつものように酒を飲む父親。

しかしこの所、毎日呑んでいる。

小学校から帰ってくると毎日酒を呑んで競馬を見ているのだ。

子どもながらにオカシイと思ったが母親が、

「お父さんは長い休暇を貰ったのよ」

と言ったので納得した。

当時小学生の俺にしてみればそれで納得できるが少し年齢を重ねると直ぐにそれの意味する本当の処は理解した。

この時父親はリストラされたのだ。

不況の波の煽りを受けあっさりと会社は父親をリストラにした。

元から子供に「ジャスティス」などと名付ける親である。

余り頭は良く無かったため様々な求職は空回りをしていた。

その結果不貞腐れ家で呑んだくれの日々だった。

何とか頭の悪い父親に代わり母親が失業給付などの手続きや昼間のパートで食いつないでいた。


何も知らなかったあの日の俺。


ある事件が起きた。

いつものように小学校から帰るとそこには殴られる母親が居た。

父親は顔を真っ赤にして、

「何だ当てつけか!?俺が働けないのに対する当てつけか!?」

と母親を殴りつけていた。

母親は泣きながら別の部屋へと逃げ込む。

それを見て呆然とする在りし日の俺。


駄目だ。


ゆっくりと近づいてくる父親。

その顔は真っ赤で、怒りもあるが酒の匂いがプンとした。

父親の目が見たことも無い感情を俺に向ける。


止めろ。


俺は父親の持っていたウィスキーの瓶で殴り付けられる。

ゴリッ、という嫌な音がした。

次の瞬間、頭に熱さと痛みが走る。


動くな。


父親は倒れている俺に何か叫ぶとそのままテレビの前に戻って酒を呑み続ける。

俺は立ち上がる。

立ち上がると血が垂れるがそんなことは気にせず台所の電子レンジの前に行く。


止めるんだ!!!


旧型の電子レンジは重く優に八キロはあった。

俺は無造作にコンセントを引きちぎると電子レンジを持ち上げて駆けていく。

競馬放送を大音量で見ている父親は俺が後ろに居る事に気が付かない。


俺は親父の頭へと電子レンジを振り下ろした。


それから程なく両親は離婚した。

俺は母親に引き取られ高校に入学した時、過労で母親が倒れた。

そして俺は高校をバイトをしながら何とか卒業した。

母親の残した貯蓄と、高校も公立であったのが幸いした。

そして高卒と同時に就職し現在まで生きている。


何とも懐かしい記憶だ。

だがそうだな。

我ながら波乱の人生を歩んでいた・・のかな?

まあ本人にしてみたらそうでもないと感じるがね。


ソレニシテモナニカオカシイゾ?


夢の中で今見た映像が巻き戻るようにまた同じ夢を見る。

そう同じ夢なはずだ。

だが今度は明確に分かる。


母親である筈の者が・・先程酒場で助けた女の子で。

母親を殴る父親が何故か先程の悪魔なのだ。

母親役の女の子は居間から逃げていく。

そして父親役の頭の大きな悪魔が俺を真っ二つにする。


俺の中に湧き上がる激情。

自嘲する俺

ああ、そうか昔も今も変わらないんだな俺。

俺嘗められるのが嫌いなんだ。


ゆっくりと目が覚める。

心地よい風が肌を撫ぜる。

そんな風とは裏腹にベッドにした藁がチクチクと肌を刺す。

寝て起きて俺はやっと一つの判断を下す。


「ここはもう一つの現実だ」


俺はココをゲームでもなく夢でもなくもう一つの現実だと判断を下した。





◇◇◇◇◇◇





「寝てますね・・町長・・何者なんでしょうか?」


「分からんが・・まだコレよりは話が通じそうではあったな」


そう言う町長と若者の前にはこの世の者とは思えない程悍ましい姿の化け物の死体があった。

それはピエール朽木の倒した悪魔のワンペア男爵であった。

それを見て顔を顰める若者。


「町長・・良くこれと対峙して生きてましたね」


「何度も死ぬと思ったよ」


「私もですよ。私は盗賊相手でしたけど」


そう言って互いに自嘲の笑いを上げる二人。

そうでもしないとやっていられないのだろう。


「動ける者は被害状況を調べていますが・・」


「被害は酷そうか?」


「食物や家畜はまだ良いですが壊された家屋や襲われた者の被害は・・」


それを聞き悲痛の感情を浮かべる町長。

ピエール朽木の放った【薬(ヤク)運び人形】は大勢の命を救ったが全員では無かった。

既に殺されていた者、重傷過ぎた者は駄目だったし強姦された者は心まで薬では治らない。


「警備兵が十人に、町の自警団十人。それに数人の手伝いらしき若者が皆詰め所で死んでいました」


「・・・そうか」


町長は力なく返事をする。

自分もあの盗賊達の一人に殺されかけたのだ。

人間を軽々と吹っ飛ばせるような輩相手に幾ら王国の正規兵とはいえ勝てる筈がない。


「王国に救援を要請しましょう」


「それとて簡単では無いぞ。今までは警備兵と自警団が半々で付いてきてくれたが今回は居ないのだからな。それに王国は今戦争を迎えている。税の徴収は問答無用で行われることを考えると人手が減った今其方も何か考えなければ結局、この町に残っても死ぬ運命が待つだけだ。こんな小さな町なら本当に潰れるのを理解した上で全てを徴収していく可能性すらある。税収を上げるだけに無理矢理町にされた少し大きな村なのだからな。」


「ですが・・」


そう言いつつも言い淀む若者。

若者とて理解しているのだ。

しかし若しかしたら税を軽くしてくれるかもしれない。

或いは税を待った上で人を寄こしてくれるかもしれない。

そう考えるとやはり救援を要請しない訳にはいかない。

それに警備兵の事もある。

何方にしても警備兵の死体は引き渡さなければならない。


「まずは町の被害を確認してからだ。そして取り敢えず今日明日生きていかなければならない。その結果報告が遅れても仕方がない。それだけの状況だ。その間に一番良い手立てを考えるのが町長である儂と町長補佐であるお前さんの役目だ」


「・・はい」


自分とて死ぬ目に合ったのに其処まで先読みをして町の事を考えられる町長に若者は心底敬意の念を抱く。

自分もこう在りたいものだと願う。


「町長~~!!!」


煩いほどの声が此方へと向かってくる。

それは町民の一人だった。

血相を変えて何やら急いでやってくる。


「如何したんだ?そんなに急いで?」


「大変です。聖教騎士団とか名乗る奴らが町の目の前に来てます!!」


「何だと!?」


町長はそう言うと老体に鞭打ち走り出した。





◇◇◇◇◇◇





「貴殿がこの村の村長か?」


鉄の鎧に身を包んだ騎士が馬に跨りながら町長へと話し掛ける。

その声からして話しているのはどうやら若い女性であることが分かる。


女性騎士の後ろには同じように鎧で武装し馬に跨った騎士が二百人程居た。

鎧には十字が刻まれておりかなり精巧である様相を見る限り正規兵の武装であるのは直ぐ分かる。


「いいえ・・ここは小さいですが町です。この町の長という事ならば儂でございます」


「そうか、では聖教騎士団第二分隊隊長レイナ・ハルシアがこの町を保護しよう」


聖教騎士団。

それはダグラス聖公国にある聖堂教会の騎士団である。


「保護・・ですか?」


「ああ、そうとも此方の方角に三日前盗賊が逃げたと報告が上がっている。それも結構な大きさで数十人から構成される盗賊団だ。しかも一人一人がかなりの手練れで一般兵程度では相手にならんほど強い。だからこの町を守ろうというのだ」


「それは実質明け渡せという事ではありませんか?」


「貴様・・我々の好意を何だと思っている?」


「我々はマリンカ王国の庇護下にあります。ダグラス聖公国からの使者は簡単に入れるなともお達しが出てますし”ピタゴラの町の件”も聞き及んでいます」


「ぐっ・・」


ピタゴラの町。

それは大陸の小国にある港町である。

そこは此方の大陸と向こうの大陸を結ぶ大切な要所。

或る日向こうの大陸で悪魔が出たという情報を聞きつけた聖堂教会は聖教騎士団の派兵を決定する。

またそれとは別に枢機卿の一人である聖公国の主バージェンス・モラリメント・ダグラス11世が公国軍二千を護衛に共に大陸に渡らせた。

そして聖教騎士団はその数を半分にまで減らすものの大陸の悪魔を滅することに成功した。

問題はその後だ。


ピタゴラの町まで随伴していた公国軍は伝令及び万が一を考慮し港を守るためにそのまま町に残っていた。

悪魔狩りを済ませて戻った聖教騎士団が見たのは公国軍が大陸の要所であるピタゴラの町を統治する姿であった。

普段であれば二千の兵など決してピタゴラの町へ入れない。

だが今回は悪魔狩りという名目で聖教騎士団も居り何の躊躇も無く町への立ち入りを許した。

それこそ悪魔の存在は人類にとって脅威であるからだ。

まさかそんな時に人間同士での計略なんて考えないという小国の考えが仇となった。

町に何の問題もなく入り込めた二千人の公国軍はたった二日で町を占拠するとこの地をダグラス聖公国のものとする宣言をした。

それに対し凄まじい反発が在ったものの二千人の軍隊の前には為すすべなく屈することとなった。


現地で聖教騎士団が公国軍を激しく弾糾するも全く公国軍は意に介さないのだった。

聖教騎士団もかなりの深手を負っており早くダグラス聖公国に戻らなければならなかったために止む無く帰国する。

その結果が小国の破滅であった。

聖教騎士団が居なくなって公国軍はより過激に活動するようになる。

そう、聖教騎士団と言う煩さ方が居なくなり隠すことも無く略奪をし始めた公国軍はとうとう小国の王都にまで進軍を進め占領し自国に編纂するに至った。

聖教騎士団が聖堂教会に抗議し、その話が教皇に居たりダグラス枢機卿に行くまでに事は終わっていたのだ。

それからと言うもの、より力を増したダグラス枢機卿、またはダグラス公と呼ばれる公国の主は横暴に振舞うようになった。

時に大陸からの輸入品に莫大な関税を付けたり、時に聖堂教会の意向を無視したりと。

元より聖堂教会は小さな組織であったが、地方の貴族であったダグラス家と懇意になりその力の見返りに聖堂教会の地位を与えていたのだ。

その結果ダグラス家は公国を持つ程大きくなり、ダグラス家は聖堂教会の一員として公国の前に聖を付けて呼称していた。

しかしここにきて聖堂教会の脱退すら示唆する程に傲慢になり果てた。

それがここの処のダグラス聖公国と聖堂教会の噂である。



「それに・・恐らく件の盗賊団は既にこの町を襲った後です」


「バ・・バカな!!であれば何故主らは生きているのだ!?」


心底驚いているような様子に町長は疑問を感じる。


「ほう、盗賊団が皆殺しするのが前提のような話をされますな」


「そ、それはそうだろう。かなり凶暴な盗賊団と聞いている。町一つくらいなら焼き払ってもおかしくないと思ってな」


「そうですか・・」


「それよりも盗賊団は何処へ逃げたんだ?」


「いえ、旅の冒険者様が全員倒されました」


「何だと!?」


それを聞くや否や無理に町に入り込もうとする分隊長のレイナ。

町の住民も勝手に入られちゃ困ると壁を作り、分隊の隊員もレイナを止める。


「離せ!!死体を見るまでは信じられん!!」


「勝手な事をされては困ります!!国の問題になりますよ!!」


「た、隊長!!駄目ですって許可を得ずに無理に入るなんて!!」


数人の騎士と村の男達に阻まれて分隊長は町の中に入ることが出来ない。

かなり興奮している様で少しの間暴れていたが時間が経つと落ち着いて謝罪の言葉を述べる。


「すまない・・取り乱した。しかし聞き及んでいた盗賊団を倒すほどの冒険者など終ぞ聞いたことが無い。一体冒険者は何人いたんだ?やはり歴戦の強豪パーティか?」


「それについてお答えする義務はないかと思います」


「ほう・・それは何故だ?」


町長としてもここで情報をすべて開示するのは得策ではないと気付いている。

だからこそピエール朽木については隠そうと考えた。

だが当の本人はそんなことは気にしてなどいなかった。


「そうそう♪だって僕一人で盗賊さん達は皆殺しにしちゃったからねぇ♪」


「な・・何だ貴様は!!!」


いつの間にか自分の直ぐ傍に居た奇怪な身形の男。

その姿を見てレイナは抜剣する。

レイナを含め分隊に緊張が走った。


「貴様は悪魔か?」


この問いは聖堂騎士に伝わる悪魔かを判別する方法である。

悪魔は自分を悪魔としか言えない。

それがプライドなのか、それとも流儀なのか、或いはもっと別の理由なのかは分からない。

だが古来よりこの質問に悪魔は皆首を縦に振ってきた。

そしてその問いを向けられたピエール朽木は首を傾げ、不敵な笑みでこう答えた。


「悪魔では・・ないかな♪」


その答えに取り敢えずはレイナと分隊の緊張は少し収まる。

しかし、であれば何者か?

やはり凄腕の冒険者か何かだろうか?


「では何者なのだ?」


「僕?僕はね・・」


その一言に皆が耳を済ませピエール朽木の言葉を待った。

そして溜めに溜めて朽木が言い放った言葉は。


「僕は神の使いさ♪」


とんでもない一言だった。




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ピエロは笑って何を吹く ノナガ @nonaga

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