第3話 幕を上げたのは喜劇でも悲劇でもなく一撃


『幕を上げたのは喜劇でも悲劇でもなく一撃 三分の一』





取り敢えず現在の状況が理解できない。

ゲームに閉じ込められた訳だが困惑している自分が居る。

目の前にいる老人のNPC。

そうNPCで有る筈の老人なのだが先程から話しかけてくる。

普段、話掛けてくるNPCは大抵情報や支離滅裂な言葉を勝手に言うだけだ。

だがこのNPCは会話が成立する。

なので最初はプレイヤーか運営が操っているキャラかと思った。

しかし先程からゲームから出れない事を告げてもイマイチ伝わっている感覚が無い。

しかも警察を呼んでくれとか訴えるぞとかと言っても反応が薄い。


これもバグなのか?

それとも高性能なNPCに置き換わったのか?

俺には判断のしようがない。


そして俺は今一度【オプション】を起動させようとする。

やはり起動しない。

【マップ】起動しない。

【ショップ】起動しない。

【フレンド】起動しない。

そして【転生】へと目が移る。


見たことも無い【転生】という表示。

見ているだけで何故か怖気が立つ。

しかし・・いつまでもこうしている訳にも行かない俺は意を決して押すことを決意する。


【転生】ボタンを押す。


すると体の感覚がなくなり視界がブラックアウトする。

真っ暗な闇。

その中で声が響いた。


・・・貴方は死んで転生しました・・・


え?

俺は死んでいたのか?

と思ったのも束の間。

闇の中の声は此方を馬鹿にするような声質に変わり叫び声を上げる。


・・・・なーんて言うと思ったかよ、馬鹿かよ・・・・


はぁ?

何だコイツ。

と言うかお前誰だテメェ!!?

俺は闇の中の声に問うように怒鳴り返す。


・・・何でも答えて貰えると思ったかこのゆとりがよ!!ホントにド低能だなテメェは・・・


ああ!?

本当に誰だお前!!

俺の事知ってる奴かコラぁ!!?

俺は更に怒鳴り返す。


・・・馬鹿に答えてやる時間は無いから手短に言うけどよぉ・・・


本当ムカつく奴だなお前。

絶対に誰だか見つけてやるからな。

そんな俺を無視して闇の中の声は続ける。


・・・お前は死んでも居ないしこれは転生でもないからヨロシク~・・・


はぁ?

意味が分からん。

と言うか本当にゲームに閉じ込められただけだってことか!?


俺の頭に嫌な想像が浮かぶ。

此奴は若しかして俺に恨みを持つ奴でゲームに閉じ込めて俺に復讐しようって野郎か?

思い当たる節は無いがサイコな野郎だったら理由なんてそれこそ下らない事でも十二分に在り得る。

だがそんな俺の考えを呼んだようで闇の中の声はそれを否定してくる。


・・・残念だけどソレも違うよ。ココはゲームの中でもましてや【お前】が居た世界でも無いよ・・・


な、何を言ってるんだ?

さっきからお前が言っている事が分からないぞ?

段々と俺は恐怖を覚え始めていた。

最初の頃こそ怒りが先に在ったが今や訳の分からないこの状況にいつの間にか呑まれつつあった。


・・・これはゲームでもない。でも転生でもない。もっとえげつなく性悪なモノだよ?・・・


俺はその声に恐怖した。

いつの間にか?

いや最初からそうだったのだろうか?

だってその闇から聞こえてくる声は紛れも無い俺、【朽木正義】の声だったのだから。


・・・・一つだけ言っておく。ココでの死は現実での死になる・・死ぬな・・・・


ちょっと待ってくれ。

お前は一体?

と言うか死ぬってどういう事だよ!!



返事は無かった。



闇が晴れていく。

光が満ちて視界が広がる。

そこには先程の町があった。

俺は言葉すら発せられずへたり込んだ。


地面の感覚。

掌に伝わる砂の感覚はゲームでは決して味わえない現実そのものだった。

であればこれは現実なのか?

だがゲームの中ではないと言っていたアイツは俺が居た世界でもないとも言った。

ならここは何だ?


もっとえげつなく性悪なモノ。


俺の背筋に悪寒が走る。

言いようの無い恐怖が全身を包む。

そして・・。


そして俺は・・・。

頭から真っ二つにされた。





◇◇◇◇◇◇




『幕を上げたのは喜劇でも悲劇でもなく一撃 三分の二』





黒い燕尾服に身を包んだ男が一人。

町へと向かってきていた。


「使えないゴミが!!!」


異様に大きな声。

心底から怒っている怒声。

その声は辺りの地面を軽く振動させる。

パラパラと砂が躍る。


「クズ共が!!!」


怒っている男の背中には蝙蝠の様な小さな羽が一対生えている。

それが怒って怒鳴る度にパタパタと揺れる。

どうやら男は人間ではないようだった。


「見つけ次第首を引き抜き殺してやる!!!」


そして何よりも目を引くのが男の頭部だった。

金髪でそれなりに整っている顔だったが縮尺がおかしかった。

身体から首までは普通なのにそれから上が巨大なのだ。

余りに大きな頭は不気味を通り越してグロテスクですらあった。


「私に手間を掛けるとは何事か!!!」


まるでメガホンで叫んでいるような大きな声は顔に比例してデカ過ぎる口の性だろう。

口元は唾液だろうか?

何やら分からない粘液で滑っておりそれがより化け物らしさを強調していた。


「私を直接出向かせるとは全員死刑である!!」


巨大な頭を持つ男は大きな独り言を上げながら町へと侵入していく。

この時、幸いだったのは未だ盗賊の危機が去ったことを知らない町民が家の中に居たことだった。


「ふん!!まだこれだけ生きて居るではないか!!!ゴミ掃除も出来ないカス共め!!!」


ズンズンと地鳴りを起こしながら巨大な頭部を持つ男は町への中心地へと歩みを進めていく。

所々でその巨大な頭を持つ男の言う『カス』である盗賊の死体がある。

それを見て更に頭に血を登らせて怒る男。


「わた、私の力を与えてまで。つよ、強くしてやったのにこの・・ゴキブリ共が!!!!!!」


巨大な頭部を持つ男が激怒し地団太を踏む。

地面は割れ沈下する。

辺りも凄まじい振動で砂は激しく踊り、近くの家の柱がギシギシと悲鳴を上げる。


「誰がやった?」


恐ろしく小さい声だった。

しかしその声には明らかな殺意と怒りが含まれていた。

巨大な顔に付いているこれまた巨大な鼻をフゴフゴと鳴らす。

どうやら犯人の匂いを探しているようだ。


「こっちか!!!!!!」


また一段と大きな声を上げるとまるで軽トラックのように走り出す。

家を突き破り、積まれた樽を弾き飛ばし、死んだ盗賊の死体を踏みつぶして疾走する。

視界に犯人が映る。

変な仮装をした赤くて白い人間。

その人間まで凄まじい勢いで近づくと寸での処でビタリと止まる。


「フンフンフンフンフン!!!」


巨大な頭部を持つ男は触れるか触れないかのギリギリでピエール朽木の匂いを嗅ぐ。

その周りで村長と娘二人は硬直していた。

目の前にまた謎の・・それも今度こそ正真正銘の化け物が現れたのだ。

巨大な頭に醜悪な比率が非常にグロテスクである。

吐き気が込み上がってくるのを必死で止める。


「貴様か」


静かな声であった。

次の瞬間パンと言う破裂音と共にピエール朽木の頭は爆発した。

頭から胴までパックリと割れて脳が骨が臓器が舌が血液が零れ落ちる。

少女二人はゆっくりと互いの体同士を支えにしながら崩れ落ちるようにへたり込んだ。

村長は未だ動けずにいた。

そして今度こそ間違いが無いと結論を出した。

これが悪魔・・様だと。

だがコレに果たして命乞いなど通用するのだろうか?

それこそ白い方の悪魔の方が話が通じたような?

いや白い方は結局悪魔じゃなかったんだっけ?

村長は余りの衝撃に混乱していたが此方を見た醜悪な眼差しに何らかの返答をしなければと考えていた。


「あ、あの・・」


「話しかけるなゴミ。」


その一言で村長は沈黙する。

そして台風が過ぎ去るのを待つ雑草の如く息を殺した。

その近くで巨大な頭部を持つ男がまた地団太を踏む。


「ゴミが!!ゴミが!!!!ゴミがぁぁぁ!!!!!!」


辺りの地面に罅が入り割れる。

またも地面が沈下していく。


その沈下に巻き込まれ落ちそうになる村長と少女達はその場から離れる。

そのまま建物へと駆け込む三人。

腰が抜けた少女達は這いつくばるようにして逃げるのだった。

その家は空で人は居なかった。

町長達は無駄だと理解しながらも家の鍵を閉じる。


「ちちち町・・長・・・アレは一体」


少女達、二人の内一人が何とか声を出す。

その少女の声は震えていた。


「アレが・・・本当の悪魔・・なんじゃろう」


「そそそそ、それじゃあアタシ達・・・」


「ヤダ!!ヤダヤダヤダヤダヤダ!!絶対ヤダ!!!」


もう一人の少女も泣きながら声を上げる。

馬鹿町長と言った少女だった。

先程の強気な様子はなくただただ泣いている。

恐らく今度こそ奴に貢物として捧げられると思っているのだろう。


しかし、町長は何も言えなかった。

先程までの白と赤の男なら何とかなったが本物の悪魔は会ってみて分かったが話の通じる相手では無い。

あれは我々を殺すだろう。

言葉通り我々はアレらから見ればただのゴミ。

だからこそ貢物など無意味だ。

それこそ貢物に人間(ゴミ)など渡せばどうなるかなど火を見るより明らか。

だが貢物にならないと言っても結果死ぬのだ。

故に町長は何も言えない。


長い長い沈黙。

呼吸音と泣き声だけが部屋に広がった。

気が付くと地面を割る地団太の音が止んでいた。

そして表から悲鳴が上がった。

最初は悪魔による虐殺が始まったと思う。

しかし・・


「あの悲鳴は先程の頭のデカい悪魔の声・・?」


ゆっくりと窓から表を見る町長。

そこには目を疑う状況が繰り広げられていた。





◇◇◇◇◇◇◇




『幕を上げたのは喜劇でも悲劇でもなく一撃 三分の三』




アレ?

今俺何やってた?

確かゲームに閉じ込められたと思ったら転生がどうとか性悪なモノがどうとか言っていたような?


一瞬意識が飛んだようだが熱さと痛みがやってくる。

熱い。

燃える様な熱さが喉から胴に掛けてする。

頭に至っては冷たい?

とも違う凄まじい『虚無感』を感じていた。


そこで初めて気が付いた。

ゲームで何度も見た光景。

攻撃されて顔が潰れたりした時に見た視界。

ズレた視界がゆっくりと治っていく。


その時俺の中で何かが物凄い勢いで爆発した。

根拠なんて無い。

俺の感が伝えている。

先程の暗闇の中の声の主の言っていた事を信じるわけじゃない。

だが俺は何者かによって攻撃され、命の危機に襲われたのを実感する。

久々に感じた俺への殺意。

それに呼応するように俺の中で久々に怒りが湧いた。


何やらドンドンッと煩い地鳴りがする。

既に普通の視界に戻った俺。

ダメージはあるが見た目は元通りになっているだろう。

それはゲームの中と同じようだと思った。

そして地鳴りの方へと振り返るとそこには巨大な頭の化け物が居た。


此奴か!!


すぐさま左手にセットしてある【アビリティ】の【マリオネットハンド】を発動させる。

そして【操り糸】五本を全てその化け物に付ける。


「おい、化け物」


その言葉に振り返る巨大な顔の化け物。

そして醜悪な顔を歪ませる。


「まだ生きていたのかゴミが!!!」


その言葉と共に唾が飛んでくる。

汚いので全て避けるがそれを馬鹿にされたと感じたのだろう化け物はより一層に怒る。


「きき、キサマ!!!!ゴミの・・」


次の瞬間、化け物の右腕が折れた。

肘から真逆に曲がり骨を露出させる。


「ぎぃやああああああああああああああ」


「黙れ。怒っているのは此方の方だ。静かにしろ」


ピエール朽木は白塗りの顔で無表情にそう言う。

普段の喋り口調とは全く違うが此方も化け物に負けず劣らず怖い。


「さて質問だ。ここは何だ?貴様は誰だ?」


「ぎぎぎ・・こんな事をして楽に死ねると」


化け物の左手が折れた。

そしてついでとばかりに右手が更に二重三重と回転し肘から嫌な音が聞こえる。

巨大な眼球をひん剥いて叫ぶ化け物。


「ああああああああああああ」


「黙れ」


今度は化け物の巨大な口が勝手に閉まる。

一体どういった理論かは分からないが今、この頭部が巨大な化け物の体の自由と生殺与奪は全てピエール朽木に奪われているようであった。


「私が喋っていい時だけその口を開けてやる。次は両の足を捩じ切る。答えろお前は何者だ?」


「・・私は悪魔貴族が一人ワンペア男爵である・・・・」


悪魔?

ワンペア男爵?

本格的に意味が分からん。


「お前は私に攻撃を加えたようだが理由は何だ?」


「に、人間などと言う劣等種族はゴミだ。だからゴミを掃除して何が悪い!!!」


「ほう・・。」


ピエール朽木の目に疎い光が灯る。

悪魔はそれに気が付かなかったが、その光の中には殺意と怒気が含まれていた。


「次に質問だここは何処だ?ゲームか異世界か?」


「ゲーム?異世界?何を言っているんだ?ゴミはゴミ程度の知能と言う訳か!!」


「最後に一つだけ聞いてやろう。あの盗賊共をけし掛けたのはお前か?」


「ふん、いつも通りゴミ掃除をするゴミに命令しただけだ。結局使えないゴミだったがな・・そしてお前も死ね!!!!」


そう言うが早いか悪魔は口に貯めた何かをピエール朽木に向けて吐きかける。

ピエール朽木は思考していた性で一瞬動きが遅くなりソレを半身に受ける。

それは凄まじい酸であった。

それに触れた部分はどんどん解けていく。

地面も解けピエール朽木の半身も解け落ちる。

右手はグズグズに溶解し右足も解けかけて何とか骨だけで体を支えている。


「今度はちゃんと死んだか!!!ゴミが!!!」


しかし煙を上げながら解けるピエール朽木の身体が再生し始める。

まるでビデオの逆回しのように凄まじい勢いで全快する。


「な・・に?」


「良く理解できたよ。貴様はもう用済みだ」


するとゆっくりと悪魔のデカい頭が回り始める。

それを感じて直ぐに悪魔はピエール朽木が何をしようとしているのか理解した。


「まさか!!!ヤメロゴミが!!!!!」


そのまま悪魔の叫びも意に介さず首をゆっくりと回転させていく。


「さぁさぁお立会い♪誰も見ていませんが種も仕掛けも無いマジックショーの始まり始まり♪」


ピエール朽木はいつもの口調に戻りそして『ゲーム』でやっていた頃と同じように悪魔を始末する。


「さて首がこんなに回るのに種も仕掛けもないんですよ奥さん♪」


誰に言う訳でも無い口上を言うピエール朽木は見る人間が居たら百人が百人狂っていると言っただろう。

その表情には愉悦さえ感じられた。


「さて一周できたら拍手喝采♪」


悪魔の首がグルンッと一周まわる。

その間に首の骨やら何やらが嫌な音を上げていた。


「ゴロジデヤル・・」


何と悪魔はまだ生きていた。

血の泡を吐き、鼻からは鼻血が大量に出ていた。


「それじゃあ♪ご期待に添えてもう一周行ってみましょう♪」


「ヤべ・・ロ・・」


「え?何々?後百周はいける?それじゃあやっていただきましょう♪どうぞ!!」


勝手に話を進めるピエール朽木を止める者は誰も居ない。

今度は勢いよく捻じれ上がっていく悪魔の首。

ギュルギュルギュルッ、と軽快に捻じれていくが何やら千切れる音や小さな破裂音や何かが砕ける音が響くが構わず捻じれていく。


「では百周終わった感想はどうですか♪」


悪魔は既に物言わぬ姿となっていた。

そこには狂ったピエロが一人居るだけだった。



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