第2話 悲劇と言うが劇では無い



「悲劇と言うが劇では無い 2分の1」





「ふぅ~♪こんな所ですかね~♪」


ピエール朽木は汗を拭く真似をしながら辺りを見回す。

そこには物言わぬ屍となった盗賊がゴロゴロと転がっている。

町の住民は未だ隠れており、中には怪我をしていたり盗賊によって襲われた婦女がそのまま道に倒れていたりもした。


「う~ん?それにしても何か変ですねぇ?」


ピエール朽木は辺りの光景に疑問を感じていた。

普段なら勝手に消えていく敵NPCの死体が依然として消えないのだ。

それに怪我をしている中立NPCもそうだ。

何故か酷い姿のまま動きを止めているのだ。

普段なら血みどろになっても時間が経てば勝手に逃げて行くのにそれが無い。

つまりそれから導き出される答え。


「成程そういう事ですか~♪いやはや全く運営さんも懐かしい事をやりますね~♪」


ピエール朽木は合点がいったという顔をすると【五次元小物入れ】から何かを取り出す。

それはちょんまげを携えた絡繰り人形だった。


「てててってててーん♪薬(ヤク)運び人形ぅ~♪」


まるでどこぞの猫の形態の機械人形のようなアイテムの出し方をするピエール朽木。

この【薬(ヤク)運び人形】は通称ヒールファンネルと呼ばれている代物で勝手に周りの味方NPCや中立NPCを回復してくれるアイテムだ。


「折角ですし~前のイベント時に大量に手に入った【お姉さん☆聖水(ひじりみず)】を使いますか~♪」


これはクリスマスのイベント、『Say鳴る陣ゴールbell』の際に手に入った限定アイテムだ。

余りにクリスマスから逸脱したイベントであり、ネットではここの運営はネジがぶっ飛んでると数万回リツイートされる程だった。

赤い褌一丁のサンタ帽子を被った筋肉隆々の男達と陣取り合戦とサッカーを合わせたルールで戦うのだ。

一回勝利する毎に【お姉さん☆聖水(ひじりみず)】が一本手に入るが、勝ち抜けしていくと貰える数が一ダース、二ダースとどんどん増えていく。

最終的にピエール朽木はアイテム倉庫に【お姉さん☆聖水(ひじりみず)】が数百ダース入っている。


また余談だがこのイベントで負けると貰えるアイテムは【お婆さん★盛衰(せいすい)】であり毒ポーションである。

何故かハズレアイテムで在るにも関わらず【お婆さん★盛衰(せいすい)】のラベルにはホラー漫画家の黒酢一男(くろずかずお)先生の手書きイラストが張り付けられており、より一層運営の正気が疑われた逸品である。


「ではアイテムを999個セットしてスイッチオ~ン♪」


その声と共に【薬(ヤク)運び人形】はカタカタと動き出す。

近くの怪我人から【お姉さん☆聖水(ひじりみず)】が投与されていき見る見る内に快復していく。

しかもこの【お姉さん☆聖水(ひじりみず)】はステータス異常や清浄の効果もあり見た目装備の回復もしてくれる。

それ故にピエール朽木は気付いていなかったが、盗賊によって斬り付けられた者は斬られた服も元通りになり、辱められていた女性も清浄な状態に戻っていた。


「いやあ懐かしいなぁ。【救世主】イベントですかぁ♪」


【救世主】イベントとはこの【マーダーカルニバル12】がリリースされて直ぐ位に催されたイベントで、様々な漫画やゲームや映画作品で【救世主】や【救い人】と呼ばれたキャラクターとのコラボイベントである。

イベントの内容としては傷ついたNPCを助けるなどの行動をし、コラボ作品と同じような助け方をすることで高ポイントを得られそれによってコラボアイテムが配られるイベントだった。

しかしこのゲームの面白さは自由にNPCを倒していく事にあり、助けるという行為自体が余り楽しさを感じるモノでないために不評に終わったイベントだった。


「周りのプレイヤーは皆余り楽しくないと言っていましたがね~♪私は割と好きなイベントなんですけどねぇ~♪」


そんな風にピエール朽木がノスタルジーに浸っている間にも【薬(ヤク)運び人形】はどんどん町の生き残りを快復させていく。

するとそんな中一人の老人がピエール朽木の下へとおっかなびっくりやってくる。


「あ・・貴方は・・悪魔様・・で、でしょうか?」


悪魔?

ピエール朽木は考える。

【救世主】イベントに悪魔と呼ばれるネタが含まれた作品があっただろうか?

若しかしたら最近の映画作品のネタか?

いや若しかしたら新しいアップデートで追加された要素だろうか?

しまったなぁ・・今回は仕事が忙しすぎてアップデート内容は軽くしか確認してない、しイベント内容についてはほぼ全く確認していなかった。

これ適当に喋ってたら後で後悔する選択肢かもしれないしなぁ。

仕方ないな・・。


「【オプション】」


俺はオプションを起動させるためにコントロールボイス機能を起動させ、【オプション】を発言する。

しかし、何故かオプションは起動せず俺の声だけが響く。


「ひっ・・すみませんすみません・・どうかお許しをぉ・・お許しをぉぉぉ・・・」


いきなり老人のNPCが土下座をし頭を地面に擦り付けている。

一体どういうイベントだろうか?

それとも追加シナリオか、追加ステージか?

まあ何にしろ今日は最初からバグが酷かったのを考慮に入れても課金アイテムの【腐肉】は十個は貰えるだろうと予想する。

そしてコントロールボイス機能で【オプション】が開けないので、俺はしょうがなくアナログ機能で【オプション】を開こうとする。

アナログ機能で【オプション】を開こうとすると自分の腕の真横にモニターが出て近未来感が凄いのだ。

それはそれで良いのだが、自分のキャラクターと見た目的合わないので普段は専らコントロールボイス機能を使っている

まあバグってるならしょうがないだろうと、観念してアナログで起動させようとする。


「・・あれ・・・?」


なんで【オプション】が開かねぇんだ?

ていうかゲーム画面も閉じられないぞ?

そこで初めてピエール朽木は事の重大さに気が付いた。

何だ?どういう事だ?

慌ててゲームに強制終了を掛けるが全く反応が無い。

おいおいおい、ちょっと待ってくれ!!

ピエール朽木は軽いパニック状態になっていた。

【マップ】起動しない。

【ショップ】起動しない。

【フレンド】起動しない。

おいおいおいおいおい、これヤバいんじゃないか?


そんな中一つだけ起動するものがあった。

【転生】とあった。

何だコレ?

転生?って生まれ変わりって事だよな?

俺は何やら嫌な予感がした。

ゾクリとした感覚が背筋を凍りつかせる。

いやいやいやいや、ナイナイナイナイ。

(ヾノ・∀・`)ナイナイナイナイ。

と頭の中で顔文字を形成するくらいにはピエール朽木は混乱していた。

はっ、と気が付くと先程の老人のNPCがまたも話しかけてきた。


「悪魔様、どうぞこの町に差し上げるモノはこの程度しかありませんが・・・」


そう言ってなけなしの小銭と食べ物に若い女が二人目の前に居た。


「は・・?さっきから悪魔だ何だと何を言っているんだ?」


素っ頓狂な声をピエール朽木は上げる。

それに今度は老人側から間の抜けた声が返ってくる。


「え・・?悪魔じゃないのか・・?」


互いが互いに困惑していたが、何よりも若い女二人が一番困惑していた。


「ねぇあたしたちどうなるのかな?」


「分かんないけど、村長はしね!!」


老人は村長だったらしい。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「悲劇と言うが劇では無い 2分の2」





腹を殴られた。

ただそれだけの事で儂の身体は宙を舞って自分の家から隣の家の窓へと突っ込んでいった。

息が出来なくなるほどの激痛と鈍痛が身体を襲い、昼に食べたスープを残さず嘔吐する。

儂は涙を浮かべながらそのまま気絶したかったが奴らはソレを許さなかった。

首を掴まれ無理矢理持ち上げられる。

自然と首が閉まり儂は苦悶の顔をしながら呻き声を上げた。

そして目の前にある醜悪な欲望に餓えた強盗の顔を見た。

此奴らにとって我々はただ弄り奪い殺すだけの存在なのだろう。


「おい爺、お前この町の町長なんだろう?お前の持ってる金が何処にあるか言えよ!!」


儂はパクパクと口を開けて懸命に喋ろうとするが首を絞めあげられているも同然の状態のため声が出ない。

それどころか苦しすぎて今にも死にそうである。


「おっとっと、そうか離さないと喋れねぇか?」


そう言うと強盗は手を放し儂は崩れ落ちる。

身体はバラバラになりそうだし、息も苦しく喉も声が出るのか怪しい位の激痛が走る。

それでも儂が・・そして町の皆が助かるならと懸命に声を出した。


「わし・・のいえ・・・だんろ・・よこの・・・てつ・・・はこ・・」


何とか伝えられたと思う。

強盗もそうかと言うと儂の家に戻っていく。

助かったと思った。

儂はゆっくりと体を起こし、ゴホゴホとむせながら息を整える。

このまま奴らが求めるなら食い物も物資も好きなだけやろう。

そう考えていた。

しかし強盗が戻ってくるともっと恐ろしい要求をされた。


「おう爺さん、ちゃんとあったぞ?金がたんまりとよ。だけどよぉ、俺はもう一つ欲しいものがあるんだ」


「そ、それは・・?」


「テメェの命だ!!はっはー、どうせ町の住人も全員俺達で殺す算段なんだ。でないと俺達が悪魔様に殺されちまうからなぁ!!」


悪魔様!?

確かに悪魔と呼ばれる存在は聞いたことがある。

神に仇なし人を惑わす悪の権化。

それが悪魔だ。

ここ数十年は悪魔の噂など大陸の向こう側でしか聞いたことが無いレベルだったと言うのに。

いや今はそんなことを考えている場合ではない。

何とか・・何とか生き残る方法を・・。


「じゃあな爺。金は俺達が有効に使わせて貰うぜ!!」


そう言って金の入った鉄の箱を足元に置き、腰からサーベル抜き取る強盗。

振り上げられるサーベル。

あ・・・死ぬ・・。

儂はそう思った。

覚悟とか受け入れたとかそう言った話じゃない。

ただ現実として儂は一秒後に死ぬと理解しただけだった。

そしてその一秒後。


「ラッキー!!金が落ちてるじゃねぇかーよ。頂きィ!!」


そう言うと強盗仲間だろう別の男が勝手に金の入った箱を盗んで逃げたのだ。

それを見た強盗は怒って追いかける。


「テメェ!!そりゃ俺が見つけたモンだ返しやがれ!!!」


「違うね!!落ちてたんだから俺のモンさ!!」


儂はただそれを呆然と見ていた。

生き延びた・・なんて思った訳じゃない。

ただイタズラに死の瞬間が伸びただけだと理解していた。

どのみちこの身体では歩くことも這いずることもかなわない。

それこそ今の内に自害してしまおうとさえ思った。


パス、パス。


渇いた音だった。

最初は気にも留めやしなかった。

それよりもこの一瞬の間に何とか死のうと考えていた。

儂は何とか自分の首を掻き切るためのナイフか鋭利なモノを必死で探した。

窓を突き破った時に折れた窓枠の木片が尖っていたからそれを使おうと考えた。

しかし既に満身創痍な体では木片一つ最早持ち上げる力は無かったのだ。

良く見ると腕を一本の窓枠の木片が貫いていた。

自嘲の笑いが出た。

はは、これじゃ持てる訳が無いか。

倒れ込んで刺さろうにも上手く鋭利な部分を上に出来なかった。

だから儂は待った。

儂の命を狩る死神である強盗を。

それから一分、二分、と時間が過ぎていった。

身体が痛みを感じ始めた。

段々とズグン!!ズグン!!と身体の中で何かがうねるように痛みが襲ってきた。

儂はのた打ち回った。


その時視線が外に向いた。

儂は驚愕した。

先程の強盗二人が死んでいるのだ。

頭から血を流しグニャリと不自然な体制で倒れている。

何だ?

何が起きてるんだ?

カタカタカタカタッ!!


儂はまたも驚いた。

今度は奇怪な人形が動いて儂の目の前に現れたのだ。


「こ・・こんど・・はなん・・・じゃ・・」


言葉にならないような言葉を発する。

儂は今度こそ死ぬのかと思った。

こんな状況だ当たり前だろう。

だが結果から言うと儂は奇跡的・・いや文字通り奇跡に触れ助かったのだ。


「オクスリドウゾ」


そう言うと人形は儂に何か液体を掛けてきおった。

すると体に光が走り痛みが嘘のように消え腕に刺さっていた木片は押し出され裂けた服は元に戻り喉の痛みも完全に消えていた。

最初は意味が分からなかった。

だが意味は分からないが生き延びたという感覚はあった。

だからこそ何が起きたか把握せねばならなかった。


儂は家の壊れた窓から外を覗いた。

すると町の中心に誰かが居るのが見えた。

顔は死人よりも白く、目には禍々しい赤い十字が刻まれており、頭は赤くまるで毒キノコの化け物のようである。

着ている服も黄色や赤などの布が継ぎ接ぎされているもので到底普通の人間ではないのが窺い知れる。

最初は聖堂教会の人間が助けに来たのではないかと考えたがどうやら違うようだ。

ならアレは何者なのだろうか?

その時先程儂の傷を癒した動く人形がアレの目の前を通っていった。

しかしアレは事もなげに動く人形を一瞥しただけだ。

あの人形はあの化け物の持ち物か?

と、直感する。

ではあの化け物は本当に何なんだろうか?




・・でないと俺達が悪魔様に殺されちまうからなぁ!!・・・




先程の強盗の一人が言っていた言葉。

ストンッ、と何かが収まる感覚。

そうかあれは悪魔・・様だ。

直感した町長は駆けだす。

アレが悪魔様なのであれば少しでも早く我々は服従しなければならない!!

町長は表で死んでいる強盗の手から金の入った箱を引っ手繰ると自分の家に駆けこむ。

大したものは無いが果物と干し肉にパンをバスケットに詰め込む。

そしてとっておきであった葡萄酒も二本だけしかないが同じくバスケットへと放り込む。

これだけじゃあ足りない・・。

そう思った町長はそれこそ苦渋の選択をした。

二つ隣の家に行くと隠れていた少女を一人連れ出し、その更に隣の家からもう一人連れ出して悪魔の元へと向かった。

二人の少女には、


「悪魔様が来なすった。我々の命は悪魔様が握っておる。だからお主らが酌をして悪魔様をもてなすのじゃ」


としか言わなかった。

外で襲われている同じ町民を見て二人の娘も恐怖で困惑し町長の言う事をすんなりと聞いた。

町の中を静かに移動し悪魔の正面へと回った三人はソレを見た。

死人よりも白い顔。

禍々しい十字が目に二つ浮かんでいる。

頭は毒々しい赤い毒キノコの化け物のようであり。

服は黄色と赤の切り貼りした様な服。

ただひたすらに不気味を追求した様相であり。

悪魔はその名の通り恐ろしい身形をしていると三人ともが感じていた。

少女二人は震えあがった。


町長は、


「儂が先に出る。呼ぶまで出てくるな」


と言った。


「あ・・貴方は・・悪魔様・・で、でしょうか?」


町長は恐怖しながらも何とか言葉を発した。

正直この瞬間にも気紛れで殺されてもおかしくないと町長は考えている。

この一秒一秒が恐怖に焼かれるような気持ちで一杯だった。

しかし、悪魔は何も言わず虚空を見つめている。

何を考えているのだろうと町長は悪魔の顔を見つめる。

そしていきなり、


「【オプション】」


と叫ばれた。

町長は何か気に触ったのだと一瞬で理解した。

無礼を働いてしまったと思った。

町長の頭を死が過る。


「ひっ・・すみませんすみません・・どうかお許しをぉ・・お許しをぉぉぉ・・・」


頭を地面に擦り付ける。

出来る限り無様に弱弱しく。

まるで害が無い虫けらのように。

そう思い乍ら土下座する町長は人知れず失禁すらしていた。

これは最早ここで貢物を渡すしかない。

そう考えた町長は緩々と顔を上げる。

悪魔はまた虚空を見つめ何やら考えに耽っているようだ。

町長は二人の少女に手招きをする。

そして二人が来たところで今一度悪魔に声を掛けた。


「悪魔様、どうぞこの町に差し上げるモノはこの程度しかありませんが・・・」


少女二人は此方を睨みつけていた。

自分達も貢物の一部であることに気が付いたようだ。

許せ・・許せ・・。

力無く心の中で儂は連呼する。

これしか手段がないのだ、すまぬ。

心の中で精一杯の懺悔と謝罪をするのを尻目に悪魔様は口を開いた。


「は・・?さっきから悪魔だ何だと何を言っているんだ?」


素っ頓狂な声が悪魔様の口から放たれる。

いや今言ったことを要約すると・・悪魔様じゃない?

という事は・・何者なんだ?


「え・・?悪魔じゃないのか・・?」


儂の口から本音が零れ出る。

しまった・・と思うがでも悪魔じゃないんだったら大丈夫なのか?

どうやら互いが互いに困惑しているようだ。

そして儂は物凄い視線を感じていた。

貢物にされた二人からの視線だ。


「ねぇあたしたちどうなるのかな?」


「分かんないけど、村長はしね!!」


・・・最早何も言えなかった・・・・

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