ピエロは笑って何を吹く

ノナガ

第1話 演劇SHOWは始まって



「演劇SHOWは始まって(三分の一)」



少女は叫ぶ。

助けが来ないことは理解している。

それでも叫ばずには居られない。


目の前で育ての親である祖父を殺され。

祖父と共に切り盛りしていた酒場を壊され。

そして次には彼らに蹂躙されるであろう自分の身を思い。

彼女は叫ぶ。

それに反応する者は居ないと思われたが誰かが声を返してくる。

その声に向かって少女は全力で助けを求めた。


「助けて!!!」


彼女の声は何者かに伝わった。

彼女は期待を抱いてその声の主を確認する。

それこそ例え悪魔だったとして彼女は喜んで迎えただろう。

しかしそこに居たのは悪魔では無く・・。


「はははははははは、僕の名前はピエール朽木!!楽しい楽しいピエロだよ♪」


奇怪な格好をした狂人だった。

顔は白塗りで目には十字の赤い化粧が施されている。

頭は赤くモジャモジャの髪がまるで海藻か茸のように生えていた。

また着ている服も珍妙で黄色や赤などのパッチワークで目に煩い程だ。

一体彼は何者なのだろうか?

いや自分でピエールクチキ?とか名乗っていたようだ。

それにピエロとは何なのか?

少女は混乱の中でただ固まっていることしか出来なかった。


「何だテメェ!?」


怒声が響く。

酒場に強盗に入った者達が一斉にこのピエール朽木と名乗る異常者へと視線を向ける。

酒を飲んでいた者、酒場の売り上げを鞄に詰めていた者、殺した爺さんの首を切り落としていた者、少女を囲み今正に恥ずかしめんとしていた者達が一斉にピエール朽木へと視線を向けたのだ。


「僕は皆に楽しい時間を味わって貰うために来たんだよ♪」


「何だ?頭がオカシイのか?」


そう言って強盗の一人が手斧を片手にピエール朽木へと近づいていく。

値踏みするように足から頭までを見乍らピエール朽木の回りを一周する。


「金目の物を出すってんならもう少しだけ生かしておいてもいいぜ?死にたいってんなら話は別だがな?」


強盗は手斧を構えながらドスの利いた声でピエール朽木へと詰め寄る。

ピエール朽木は芝居掛かった動きと声で大袈裟にリアクションをとる。


「ええ!?僕殺されるの!?ヤダヤダ聞いてないよ!?お金なんか持ってないよ~!?あ、でもでもお金よりももっと価値の有る物を持ってるからそれで許してくださいぃぃぃ!!」


最後の辺りは何とも無様な悲鳴を上げて懇願するピエール朽木。

それにイライラする強盗はまた彼を怒鳴り付ける。


「オラ!!じゃあ早く出しやがれ!!テメェのその芝居くせぇ反応は見てるとイライラすんだよ!!」


「こここ、これです」


「はぁ?」


手袋をした左手の掌を広げている。

しかしそこには何もない。

だがこの狂人は右手で左手の上を指差している。

そこには見る限り何も無いように見える。


「ふざけてんのか!?テメェ!!何もないじゃねぇか!?」


「そそそ、そんな事無いです。よく見て下さいそこらの宝石よりも価値があるものですよ!?」


絶叫に近いピエール朽木の声で強盗はもう一度先程よりも顔を近づけて良く見る。

しかしそこにはやはり何もない。


「ああ?やっぱり何もあ゛ぇぇ・・・」


その時強盗が崩れ落ちる。

頭からは血が流れている。

少女の理解は追いつかない。


何か大きな音が響く。

そして周りがどんどん煩くなる。

振動もする。

何だろうか?

目の前で何かが動いている。

だがそれを少女は理解できない。

混乱の極み。

幼気な少女の脳は情報の許容量を超えてしまい目の前で起きている事の意味を置き去りにした。

少女はただ棒立ちで居る。

そして少女の意識は段々とブラックアウトしていった。


最後に聞こえた言葉は


「あれ?おかしいなぁ?」


だった。

おかしいのは貴方の方と思ったが、少女は自分で思った『貴方』とは一体誰なのか分からないまま意識を閉じた。




◇◇◇◇◇◇




「演劇SHOWは始まって(三分の二)」



俺達は生き残った。

しかも悪魔様に目を付けて貰った。

悪魔様の奴隷になった人間は常人の何倍もの力を得ることが出来る。

勿論奴隷だから面白半分で殺される事もあるが少なくとも他の人間を殺している内、仕事をしている間は大丈夫だろう。


それにだ。

元々俺達は捕まって死刑を待つ身だった。

それを考えたら今の状況の方が遥か良い生活だ。


今まで人を殺すか脅すかして奪って生きてきた人間だ。

今更何百人何千人と殺しても良心なんか痛まねぇ。

寧ろ今まで以上の力でもっともっと奪えるんだ。

こんな楽しい話はねぇ。

だから今日も小さな町を一つ丸々襲う予定だ。


「行け!ロドリゲス、マルコ」


「うぃ」


「へい」


俺の強盗仲間で力自慢のロドリゲスとマルコが先に町の警備兵を殺しに行く。

その間にゆっくりと俺と残りの仲間は町を包囲していく。

大量の丸太と魔法で簡易的なバリケードを作る。

長さはまちまちだが五メートル程はある丸太を立てて置いていく。

普通の人間の頃だったら十人掛かりで何とかといった作業を難なく行う。


魔法使いのバラゴとミディリーナがそれらを凍らして氷の壁を作る。

丸太も地面に刺して固定も出来るがそうすると音と振動でバレる可能性がある。

だから丸太はあくまで緩衝材変わりだ。

丸太の足元を凍らせて固定しその間に氷の壁を作る。


まあ魔法使いの二人曰はく小さい町とは言えこれだけの広さに氷だけで壁を作ろうとしたら難しいらしい。

悪魔様の力を得て魔力も十倍にも二十倍にもなっているが元がショボいだけにそうなんだろう。

また丸太を使う事で支柱と水分を補うとの話だ。

まあだが実際には俺達が働いて居ないのが面白くないとか何やかんや理由があるのようだがまあ何でもよい。


結果として町の人間を逃がさないように出来るのならその程度の些事は進んでやってやる。

一応俺はこの集団のリーダー役だからな、メンバーが気持ちよく仕事が出来るように便宜くらい図ってやる。

本当にこの集団は人の幸せが嫌いな心底からの悪人の集まりだぜ。


バリケードを張るのに十五分程度たっただろうか?

数メートルの壁が町の回りに張り巡らされ自由に出入り出来るのは俺達か鳥くらいなものだろう。

その頃丁度町から出てくるロドリゲスとマルコの姿が見えた。

二人とも血塗れで人の頭部を何個も両手に抱えて笑顔で帰ってくる。


「計画通りか?」


「うん、おでいっぱいころじだ。マルゴといっしょ。じゅっこのあたまもっできだ」


「はは、ロドリゲスは強いからねー。・・お頭、警備兵とこの町の自警団は壊滅させてきました」


「そうか、ロドリゲスとマルコ良くやった。お前達には葡萄酒を樽で譲ってやる」


「へへ、ありがとうごぜぇやす♪」


俺達のやり取りを見て直ぐにでも襲いに行きたい仲間が集まってくる。

ふふふ、俺はこの一瞬が好きだ。

襲われ凌辱されるのを待つだけの奴らのこの時間が。

俺の一声でこの町の息の根は止まる。

そしてこの涎の垂れた腹ペコの野犬を俺が解き放つのだ。

俺がこの場で全ての権限を持っているんだ。

そんな全能感を味わいながら俺は命令を下す。


「生きて残すな。全て奪い尽くせ!!」


ウォォオオオオオオ!!!

地鳴りと共に野犬が放たれた。

俺も町へと駆けだす。

奴らに喰い尽くされる前に俺も美味しい蜜は口にしたい。

町は人外の強さの強盗団に襲われた。


家が燃やされる。

人が殺される。

女が犯される。

子供が攫われる。

金が盗まれる。

物が奪われる。

食い物が貪られる。


町は正に凌辱されていた。


しかしそこに響く声が一つ。


「楽しんでいますかぁ~♪皆さん~♪」


調子っ外れの声が町に響く。

一体どうやったらそんな声が出せるのか不思議だが町中に響いた声に町中の強盗は彼を見ていた。

ある者は金目の物を表に運んでいる途中で。

ある者は殺すために斧を振り上げたタイミングで。

ある者は女を犯しながら。

ある者は酒を飲みながら。

ある者は肉を貪りながら。


そして次の瞬間。


パスパスパスパスパスパス・・・・。


それは小さい音だった。

空気が抜けるような音。

何の音か分かった者は皆無だっただろう。

だが何が起きたか理解した者は少数だが居た。


「何だ?あんな奴仲間にい゛ぃぃぃ・・・」


「あん何だあれ゛ぇぇ・・・」


「ああ?あ゛ぁぁ・・・」


周りの強盗が次々に倒れていく。

頭から血を流して。

それを見て生き残った強盗は少なかった。

恐らく自分達が絶対的な狩る側で奪う側で凌辱する側と疑わなかったからだ。

強盗仲間がやられて動けなかった者は数秒後自分も同じように殺された。


「おいおい!!どうなってんだこりゃ!?」


「何とかしろよ!!お頭だろアンタ!!」


そう言いながら強盗団の頭とその部下は一軒の家の中で言い争っていた。

そこにまた転がり込んできた奴が居た。


「誰だ!!??」


「俺だ!!マルコだよ!!攻撃すんなよ!?」


「おお、マルコか・・良かったそれにバラゴも居るのか!!」


此奴ら二人と合流できたのは有り難い。

それこそ主力の二人と言っていい。


「ああ、アッシもマルコと一緒に居て良かったですよ」


「ぐ・・ロドリゲスが殺された・・・アイツは何だ?」


「分からん・・」


「分からないってそれでもアンタお頭かよぉ!!」


「しっ・・静かにしろ死にたいのか?」


その言葉に場が静寂に包まれた。

そしてその中バラゴが口を開く。


「これはアッシの予想ですが・・アイツ聖堂教会の連中の一人じゃないですか?」


「聖堂教会?」


「はい、それこそアッシらは悪魔様に力を授けて貰いましたが他にもアッシらみたいな悪魔様から力を貰った奴らがいるそうです。そんな奴らを狩る神の使いを名乗る奴らが聖堂協会に居るそうです」


「そんな奴らがあの腑抜けの聖堂教会にいるってのか?」


「今まで聖堂教会は権力問題で色々な国から圧力を受けていたらしいですが、その圧力を掛けていた国が悪魔様に丸々占領されちまったって話ですよ。だから最早その力を抑える必要も無くなった。それどころか力の無い国々が今度は泣きついてるとも聞きましたぜ?」


それを聞き皆が考える。

成程と合点が言った。

悪魔様と争う、神とか言う偶像を信仰する奴らが居るとは知っていたがその力はどうやら張りぼてではないらしい。

それが俺達を今狙っているという事か。


「よし、そうしたら先ずはここから逃げることが先決だ。バラゴは魔法を使って目暗まし、マルコはタンスでも何でも盾に使えそうな物を探すんだ」


「そうですね」


「ええ異論はねぇです」


「早くしようぜ」


「いえいえ、ゆっくりしていってくだしぁ・・なんつって♪」


えっ・・?

この場に居た四人は振り返るよりも早くその生を終わらせた。

その場には笑い声だけが木霊した。




◇◇◇◇◇◇




「演劇SHOWは始まって(三分の三)」


俺の名前は、朽木正義。

因みに読み方は、まさよしでは無くせいぎ。

それも英語読みのせいぎで・・・ジャスティスだ。

くちきジャスティス・・・。


戸籍の名前は二十歳で変えた。

全くそんな親元に生まれた性で俺は苦労した。

そんな俺も今では立派な社会人だ。

今日も今日とて上司に叱られビールを買って家へと帰る。


そして家に帰ると直ぐにゲームの電源を入れる。

最近嵌まっているゲームはコレ。

SP8。

ステーション・プラグ・エイト。

VR(ヴァーチャルリアリティ)ゲームの最新機種だ。


そしてソフトはコレ。

『マーダー・カルニバル12』

マーダーシリーズの最新版。

悪人や善人など人をぶっ殺しまくるスプラッターホラーゲームの決定版。

マーダーシリーズは、1からやっている。

やはり初期が最高だったと俺は思う。

シナリオが凄い良くて今でも俺のプレイスタイルに影響している所がある。

まあマーダーシリーズは途中でブレて大分売り上げが悪かった頃があるが最新盤の12にしてやっと汚名返上と言う所で売れ行きも好調だ。

そんなゲームを仕事から帰ってやるのが一番の至福である。


俺はスーツを脱ぎながらビールに口を付ける。

その間にゲームを起動しアップデートを済ませておく。

そしてプラグを付けてゲームを始めようとする時だった。

何かが聞こえた気がした。



バチ・・バチバチ・・・・バチ・・。


「・・・です・・・ね・・・」



ノイズが混じったが俺は気にしなかった。

偶にあることだ。

混線かそれとも上手くゲームボイスが出なかった程度に思った。

ゲームが起動する。

すると目の前には広大なフィールドが広がっている。

おかしいな?

確かセーフハウスでセーブした筈だが・・?

今回は大きなアップデートらしいからバグか何かか?

俺はその場で辺りを見回すと少し離れた処に小さな町を発見する。


「何ですか?イベントですか~?」


俺は自分のキャラクターのピエール朽木のイメージ通りの喋りをする。

こういった何気ない喋りもキャプチャソフトか何かで録画している人が居るから気を抜けない。

これでも一応固定人気のある有名ゲームプレイヤーだからな。

それにこういう細かい処でもキャラに成りきるからこそ楽しいのだ。

まるで別世界の違う自分に成っている様な感覚に成れるというやつだ。


俺は【五次元小物入れ】から車を出す。

毎度思うがこのゲームのネームセンスは微妙だと思う。

絶妙だと言う人も居るがまあそれは置いておこう。


乗り物の欄から【オープンカー】を選択する。

この【オープンカー】はお気に入りだが出るまでは苦労した。

プレイヤーを舐めきっているガチャ。

通称エリートガチャ。

一回二千五百円というボッタくりのガチャを相当回数回した。

その金額は計算したくない。

何であんなものを回してしまったのだろうかと思う時もあった。

たった四回で一万。

それを・・・。

いや忘れよう。

そう宝くじを買ったと思うんだ俺!!


俺は【オープンカー】に乗ると走り出す。

因みにこのゲームには乗り物が数多あるが大凡には二種類あり、インスタント・カーとライセンス・カーに大別される。

インスタント・カーはゲーム内の通貨で買えるのだが耐久値を超えると壊れて使えなくなる所謂使い捨ての車だ。

その反対にライセンス・カーは多くが課金アイテムであり耐久値を超えると修理モードに入り一定時間を超えないと再使用が出来なくなるが何度でも乗れる車である。

また余談だがこの【マーダーカルニバル12】の乗り物は見た目もかなり種類があり小さい物なら三輪車から大きな物なら四トントラックまで幅広いラインナップだ。


「あれあれあれ~町の周りがおかしいですね~♪入れてくれないんですか?」


町に近づくと壁がある。

しかしそれは石などで出来た防壁かと最初は思ったが違った。

氷だ。

分厚い氷が壁のように町の回りをぐるっと囲んでいる。

また氷の壁には支柱のように丸太が何本も間に刺さっている。

これは初めて見るな。

新しいイベントで追加されたのか?


「まあ関係ありませんがね~♪とっつげき~♪」


そしてそのままオープンカーで突撃する。


「ポチっとなぁ~♪」


ここで【ブースト走行】をオンにして突っ込む。

急加速したオープンカーは氷をぶち破り進んでいく。

ボンネットは凹み煙も上げている。

そして町の入り口に差し掛かると小さな爆発音と共に動かなくなってしまう。


「んん~、やはりオープンカーは耐久がありませんねー。まあその分修理時間は短いので一長一短ですかね~♪」


そう言いながら車を【五次元小物入れ】に入れながら颯爽と町の中へと入っていく。

町に入ると到る処で略奪が行われていた。


「これはこれは悪い子達にはお仕置きが必要ですねぇ~♪」


そう言って一人のピエロが町の中へと消えていった。


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