第186話 運命の恋人
「ねぇごーちゃん、手伝って」
「だが……」
動画の中であの絵を見たとき、すぐに思い出した。留学中に町の路地裏で出会った、変質者。
十数年も前から、陽と私は結びついていたのだ。出会う運命にあったのだ。口から出まかせじゃない、本当に、運命の恋人同士だったのだ。だから。
「私、陽の残してくれたインスピレーション、不死鳥を踊る。絶対に素晴らしい舞台にしてみせる。でも、もちろんリハビリもトレーニングも死ぬ気でやるけど、どうしても時間がかかる。だからその合間にね、アドラメレクの事を世間に発表していくの」
「発表?」
「そう。いま、渡辺君が……あの、探偵事務所でバイトしてるって子ね。あの子が色々調べまわって、その情報をネット上に流してる。私の体験やごーちゃんの分析もそれに役立つと思うの。たくさん情報が集まればそれを見る人も増えて、より広く知らせる事ができる。被害者を減らせる」
五島の返事を待たず、夏蓮は意気込んで畳み掛ける。
「アドラメレクが実在する事をわからせれば、逃避なんかじゃないって反論できるわ。陽はどう思われてもいいって言ってたけど、私は嫌。陽を卑怯者呼ばわりするなんて、許さない。絶対に陽の名誉を回復させる。でなきゃ私、不死鳥を踊れない」
「しかし……」
「何?」
反論は許さないとばかりに、夏蓮は燃えるような強い眼差しで五島を見つめてくる。まるで、既に火の鳥を心の中に宿しているみたいだ。
「……俺は罪を犯した。お前の側に居る資格のない人間だ」
「資格?」
「結果として罪に問われなかったとしても、俺が殺意を持って刃を向け、それを阻止しようとした木暮さんに危害を加えたという事実は消えない。もし俺があんなことをしなければ、彼は死なずに済んだかもしれないんだ。俺は、自分の犯した罪を償う」
「そうね。木暮さんは……そして木暮さんが死ななければ、もしかしたら陽も、生きてたかもしれない」
夏蓮は一切目を逸らさなかった。
彼女はきっと、その可能性を何度も何度も思い描いては打ち消してきのだろう。その思いに、心が動じなくなるまで………
いたたまれない思いで目を逸らした五島に言い聞かせるように、夏蓮は言った。
「でもね。あなたがあんなことをしたのは、私のせいよ」
「違う! ……夏蓮。それは、違う」
「違わない。私があなたを追い詰めた。自分の不幸にどっぷり浸かって泣き喚いて、挙句に………」
五島の否定を跳ね返し、夏蓮は唇を噛み締めた。
「全部、私が弱かったから。陽を拒絶して傷つけて、ごーちゃんに甘えて迷惑かけて、家族にも八つ当たりして」
「あの時お前は混乱していた。あの状況なら誰だって」
「誰だって? それは違うわ。私は、煌月カレンだもの」
その言葉に手繰り寄せられるように、五島は茫然と夏蓮を見つめた。視線が結び合い、真っ暗な胸の中に夥しい光が流れ込む。
神々しいほどの光はあまりに眩しく、五島は思わず目を細めた。
「周囲の期待に応えたんじゃない。かくあるべきと押し付けられたんじゃない。私は自分で選んだの。私たちが一緒に作り上げた、煌月カレンという存在であることを」
堂々と言い切った夏蓮は今や、本物の女神の様だった。彼女の背後に射す窓からの光が、後光にさえ見える。
いや、この光は……彼女自身が放つ、光のフレアだ。
「そこから踏み外してしまったのは、私の弱さのせいよ。だからね、カズ。私は、強くなる。前よりももっと、うんと強くなるから。ふたりで一緒に、償うの」
光に、飲み込まれていく。身体中に染み渡るこの光に全てを委ねてしまえたら、どんなにか………でも。
「無理だ。それは出来ない。君は何も」
「陽を知ってる貴方なら、あの動画を見たなら、わかるでしょう?」
五島の言葉を、またも夏蓮は遮り、続けた。
「私達が自分を責めることを、陽は望まない。だから私、陽の遺志を引き継ごうと思った。陽と優馬さんが必死で探し当てたあの悪魔に一泡吹かせて……ううん。とっちめてやる。償いになるかどうかわからないけど、私は私に出来ることをしたいの」
何故か外村が泣いていた。ポロポロと涙を流し下唇を噛み締め、嗚咽を堪えている。
「俺っ、俺もお手伝いします! 何か出来ることがあれば」
「それはまずいでしょ、立場上。でも気持ちは嬉しい。ありがとう」
夏蓮の慈悲深い微笑みに、外村は「そっか……」と呟き洟を啜った。
「で? カズ、あなたは? やるの? やらないの?」
「……俺は、彼を殺そうとした男なんだぞ」
「ああもう! 煩いわね! 何回言うのよ!」
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