第184話 カレンの回想と決意


 典型的な都市伝説。


 自らの周辺に巻き起こる不幸を受け止めきれなくなった大月陽が、その都市伝説にある悪魔という存在に依存し、それに沿う様に事実を当てはめシナリオを創り上げ、自分なりの契約の儀式を執り行った。



 五島は読み終えた報告書を眺めながら、そう評した。


 口には出さなかったが、彼の気持ちはよくわかった。

 夏蓮の事故を、苦しみを受け止めきれず、大月陽に全て転嫁しようとした自分自身と、同じだったからだ。



「じゃあカズは、これを信じてない?」

「ああ。くだらんオカルトだ」


「陽の亡くなった翌日、私の足が動いたと言っても?」


 驚いた五島に、夏蓮は真剣な表情で頷いた。


「動いたと言っても、最初は痛みを感じただけだったの。その日無理矢理ベッドに入らされて、ベッドの両脇には母と姉が付き添ってて……っていうか、監視よね。で、身動き取れなかったんだけど眠れる筈もなくて。ようやく朝になって、ヨロヨロで車椅子に移った時、足をぶつけて……『あれ、ちょっと痛い?』って」


「いや……偶然だろう。もしくはショックが大きすぎて、何かが……」

「まだあるわ。天本夫妻のふたりとも、同じことが起きた」


「社長さんの麻痺が突然良くなって、今では薬指と小指に痺れが残るぐらい。奥さんの方は検査で出ていた異常が、消えたの」


「まさか……」

「本当よ。特に奥さんの方は、医師が何人も集まって首を捻ったぐらい、信じ難い事例だって」



 外村が淹れた飲みかけのコーヒーをテーブルに置くと、夏蓮はバッグから五島のタブレットを取り出した。いつの間にか私物化していたらしく、慣れた手つきで操作し、五島に手渡す。


「それを踏まえた上で、この動画を見て」



「言っとくけど、ちょっと覚悟がいるわよ」そう言い置いて、夏蓮は飲みかけのカップを手に取った。すかさず外村がポットを取り上げ、コーヒーを注ぎ足した。



   † † †



「……確かに、ショッキングな動画だ。儀式の成果は疑問だが、報告書にあるとおりの結果だとすれば、少なくともアドラメレクとやらの存在を知らしめるという彼の目論見は、大成功したと思う」



 夏蓮が無言で頷き先を促すので、五島は動画の内容を思い出しながら考える。


「彼の精神状態を思えば仕方ないだろうが、話し方はかなり不安定だ。口調の変化や声の強弱、視線の動きも含めて」

「そうよね。陽って基本受け身だけど、自分の考えはしっかり持ってた。言葉の選択を間違えることはあったけど、頭の中の考えは自分でしっかり把握してたもの。でもこの動画の中では……かなりちぐはぐで、混乱しているようにも見える」



 そう。自分の真ん中に、頑固とも言えるほどの絶対的信念を持っているという意味で、彼は夏蓮と似たタイプの人間だった。

 夏蓮の意向に沿うことに全力を尽くす自分とは正反対だと、五島は頷く。



「でもね、これに関しては私、わかる気がするの。何度も動画を見返したんだけど、陽は特定の人物を思い浮かべながら話してるんだと思う。その時その時で、画面を通して個人的に話しかけてるの。声を荒げたのは、例の老人に向けて話してる時。優しい口調や哀しそうな時は……それぞれの人に」


 胸の痣を指し、「蓮の花じゃなかった」と彼は言った。

 あれは私に向けた言葉だ。私と同じことを思ってくれていたのだと、また喉が締め付けられるのを、夏蓮は胸のペンダントに触れ、なんとか耐えた。



「なるほど。そうかもしれん……」


 動画を早送りして見直しながら、五島は唸った。


「確かに、この絵もそうだ。顔は巧妙に隠れるように描いてあるが、本人、もしくはわかる人だけにわかるようになっている。個人情報を慮ってのことかもしれない」


「そう。陽は最初から最後まで、正気だった。かなり参ってはいたけど、狂ったり現実逃避したわけじゃない。それどころか、事務的な処理や各方面への配慮が出来るくらい、冷静だったの」


 短期間のうちに事務所の整理をつけ、夏蓮にはお揃いで作ったお守りを、渡辺青年には個人的に絵を遺していたことを告げる。五島は眉を険しくして黙ったままだ。



「アドラメレクへの儀式は、子供を生贄に捧げ炎で焼く。生贄が必要だったから彼は絵を描いたけど、放送するにあたり個人を特定され迷惑がかかることを避けた。そうして陽自身が生み出した渾身の作品たちを、生贄として捧げた。報酬は、彼に与えられた力と、周囲の人間に及んだその影響を消すこと」


 ふむ、と五島は唸り、がっしりとした顎を撫でた。


「……その話を本気で信じるのか?」

「おかしいかしら? この足を見ても?」


「偶然かもしれない。第一、アドラメレクというのは何なんだ。孔雀の形がどうのと言っていたが、あの痣は孔雀になんか……見ようによってはまあ、見えなくもないが、その程度だ」

「昔の絵画には、神話や宗教を題材にしてるものが多いんですって。陽はいろんな絵を見てきてるし、実際、神話関連や宗教画のモチーフに関してもかなり詳しかったわ。そういう中で、知識があったのかもしれない」


「だが、こじつけとも取れる」

「私がドイツ留学してた時……」


 急に話が飛んだので、五島は動画の内容から離れ夏蓮の話に意識を向けた。


「変質者に遭遇した話、覚えてる?」


 覚えていない筈が無かった。五島が夏蓮と行動を共にすることになった、切っ掛けとなった事件。


 当時は表面上冷静なふりをしていたが、内心では焦り激昂していた。夏蓮の母親に懇願されるまでもなく、ドイツへ発つことを即決したのだ。



「あの変質者ね……陽の描いた絵にそっくりだった」


 驚きで目を剥き声も出ない五島に、夏蓮は言い聞かせるように言葉を継いだ。


「黒づくめ、山高帽、ステッキ、眼帯……十数年も前のことなのに、あの絵にそっくり」


「そんな……」

「本当よ」


「なんてことだ……! どんな、どんな契約をした?! 何をされた?!」

「落ち着いてよ。契約なんてしてない。当時話したでしょ」



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変質者に絡まれた話は、「第66話 武道家の追想」「第164話 特性、力、対価」あたりにちょこっと出ています

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