第180話 後ろ姿
あの放送から数日、夏蓮はせわしなく動き回っている。
陽とそのスタジオに関する全ての手続きは、天本社長と木暮栞に託されていたため、夏蓮には何も出来なかった。ただ、カズに付いている警官を通じて、陽の最後の様子を少しだけ聞くことが出来ただけだ。
夏蓮は、知りたかった。
最後に陽を拒絶した事実は変わらないことは、自分でもわかっている。今更何をしたところで、罪滅ぼしなんかにはならないことも。
ただ、不思議なことに、悲しむ気持ちや後悔よりも、知りたいという欲求をはるかに強く感じるのだ。怒りにも似た焦燥感に駆られるほど、ただもう闇雲に、全てを知りたかった。
その欲求に突き動かされるように、夏蓮はリハビリの合間を縫って出かけ、調べて回っているのだ。
今日、とあるマンションのロビーに通された夏蓮は、大理石の床に設えられた客用のソファセットの近くに陣取り、彼女が降りてくるのを待っていた。
逸る気持ちを抑えようと、薄暗くひんやりと涼しいロビーから強い日差しの降り注ぐ小さな中庭を眺めていると、エレベーターの扉が開き、木暮栞が姿を現した。
† † †
この前会った時より、木暮栞は憔悴している様に見えた。
「お願いです。私、どうしても知りたいんです。陽が何故、あんなことをしたのか。あんなに痩せてやつれて……追い詰められて……」
「あの都市伝説が関係してると、思っていらっしゃるんですね?」
木暮栞は、あの動画はまだ見ていないと言った。
世間では結構な騒ぎになっていたが、敢えて情報を遮断していたらしい。
小さな子供をかかえて夫を亡くした身とあっては、無理もないことだった。
傷口を押し広げ塩を擦り込む様なお願いをするのは、夏蓮にしても心苦しかった。でも、知りたいのだ。陽に何があったのか。
「わかりました。探偵社に連絡して聞いてみます。また改めてご連絡します」
「ありがとうございます。大変な時期にこんなお願いをして本当に申し訳有りませんが、よろしくお願いします」
彼女には珍しいことだが、鼻の先が膝にくっつきそうなほど、夏蓮は深く頭を下げた。
「……おう。任しとけ」
思わず、といった風情でポロリと零れ出た言葉とは裏腹な、どこか虚ろに響く声だった。夏蓮が顔を上げると、栞は片手で口元を覆った。
「あら、ごめんなさい。優馬の口癖なの。いつの間にか移ってしまって」
「憶えています。私も何度か聞いたわ」
「夫婦って、おかしなものね。思いもよらないところが似てきたり、移ったり。夫がいなくなってから、急に……」
栞は口を噤み、眉根を寄せきつく目を閉じた。呼吸を止め、感情の波が去るのを待つ。
「失礼しました。何でもないわ。では、また」
軽く会釈してエレベーターへ向かった栞が、前髪を払うような仕草をした。
それは女性なら、見紛うべくもない。背後の者にバレないように涙を拭う、仕草だった。
ドアの向こうへ消えていく栞の背中に、夏蓮は車椅子の上で再び、深々と頭を下げた。
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