第174話 邂逅。陽の回想
「今日は随分と忙しい日だ……やあ、久しぶり」
驚愕のあまり、体が動かなかった。体だけじゃない。思考も感情も全て、一旦停止した。呼吸すら止まった。ただ、雨が変わらずに降り続けているのを、頭の片隅で不思議に感じた。
「私自身を呼び出したのは、これで2人目だ。最初に呼ばれたのははつい先刻、君の友人だよ」
その言葉で、全てが一気に動き出した。
痛みを感じるほどに心臓が脈打ち、血液が高速で逆流したみたいに血管がドクドクと音を立てる。身体中の毛穴が開き、怒りが噴出する。憤りが身体中を駆け巡り、そのあまりの激しさに、ヒュッ……と息が漏れた。
「……優馬さんに、何をした」
ほう……と、老人は片方しかない目を細めた。
「あの青年と、同じことを聞くのか。彼は君に話さなかったのかね?」
「優馬さんに、何をした! あの人を……他の誰も、巻き込むな!」
老人は黒いステッキを掲げ、帽子のツバをほんの少しずり上げる。口元には厭らしい笑みが、笑みと呼ぶには穢らわしいニヤニヤ嗤いが張り付いている。
「私が、何を? 何もしていない。彼らには指一本、触れていないよ。彼らに起きたことは皆、君と、彼ら自身が起こした事だ」
「なら、どうして?! なんでこんな事になる?! みんな不幸になる! 俺の前から消えてく! なんで?! この痣は何?! 神社のお守りが壊れたのは、何で?!」
「やれやれ、礼の一つも無しに質問ばかりだ。その痣は、そうだな……刻印。アンテナ。変換装置。なんと呼んでもいいが、痣自体に深い意味はない。言うなれば、ただの目印だよ。”力”の目印」
「力の、目印……」
「ほら、今こうしている間にも、だんだん濃くなってきている。見なくともわかる。感じるよ。君に力が集まっている。君が吸収してるんだ。優馬さんとやらの持つエネルギーを」
「や、やめろー!」
驚愕と恐怖で身が竦んだ。発狂しそうだった。
Tシャツを毟り取ると、痣は確かに濃くなっているように見えた。既にいくつものミミズ腫れが走っている胸元を爪で滅茶苦茶に掻き毟る。
「そんなことをしても無駄だよ。もう薄々わかっているんだろう? 君が求めた。私が術を与えた。君と彼らで作り上げた」
「止めて……嫌だ。こんなこと……俺は絵が描きたかっただけだ。こんなこと、望んでない」
皮膚が破れ血が流れ出しても、手を止めることは出来なかった。無駄だと知っていても、痣を、無くしてしまいたかった。
「望んだのは、彼らだ。君に惹かれ、自ら保持すべき力を君に献上した。運、生命力、生体エネルギー? 人がそれぞれ持っている目に見えない何かを、悦んで君に捧げたんだ。そのせいで彼らが不運に見舞われても、それは君のせいじゃない。彼らが望んだことなのだから」
「嘘だ……そんなの………嘘だ!」
老人に掴みかかったものの、ほんの僅かな杖の動きで体がふわりと浮いて道端に転がされる。
「無駄だよ。君は私に触れることすら出来ないし、触れたとしても意味は無い」
そう。薄々感じていた。
痣に触れていると、集中力が増す気がしていた。体の中から力が湧いて、情熱が熱く漲った。尽きること無く絵のアイデアが溢れ出た。
だが、気のせいだと思い込もうとしていた。痣に触れるのはただ単に、縁起担ぎ、ジンクスのようなものに過ぎないのだと。
それが何か良くない力だと知ったのは、あの日。お守りを納めに行った時だった。
だが、それを知っても尚、優馬の言葉に甘え、絵に没頭することで深く考えないよう心に蓋をした。目を背け続けた。その予感は恐ろしすぎて、直視出来なかったのだ。
……全ての元凶は、自分である。自分のせいで、大切な人たちが不幸になっていく。
俺は 悪魔に 魂を 売ったのか?
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