第151話 陽の覚悟
「それ、カレンさんも本気で言ったんじゃないだろ。今はまだ、受け止めきれないんだよ」
「うん。それはわかってる。でも……」
急な帰国でチケットが取れず、数時間遅れで帰国した優馬が合流した時、陽は病院の前庭のベンチに呆然と腰掛けていた。花瓶の水を浴びたらしく、水は既に乾いていたが小さな花びらがいくつか服に着いたままだった。
見舞い客のあらかた帰ってしまった病院の庭はひと気が無く、夕蝉の声が響いている。
「でも俺、両腕をもぎ取れって言われて、それは出来ないって思っちゃった」
「そりゃ誰だって、そう思うよ」
「……きっと夏蓮にも伝わってしまった。それで余計に、傷ついたと思う」
陽は悔やむように両手で頭を掴み、きつく目を閉じた。眉間に深い皺が刻まれている。優馬は背を丸めた陽の隣に座り、ため息をついた。
「なあ、陽。カレンさんももちろんだけど、俺らも混乱してる。こんな事になって、咄嗟に上手く対応出来なくても仕方ないさ。カレンさんにも俺たちにも、少し時間が必要だ」
陽は同じ姿勢のまま動かない。膝に肘をつき、俯いたまま。
「五島さんからメールで、申し訳ないが今日のところは帰ってくれ、ってさ。俺もその方がいいと思う」
優馬がそう告げても、陽は動かない。
黙って肩や腕に着いた花びらを取ってやっていると、陽がポツリと口を開いた。
「夏蓮、どうなるのかな?」
指先の花びらをねじり潰し、優馬はそれを指で弾いて飛ばした。
「五島さん達が世界中の病院探しまくるだろうし、俺も栞に頼んである。もちろん自分でも出来る限り当たってみる。今、原因がわからなくても、この先わかるかもしれない」
「……うん」
陽は頭を掴んでいた手で目をゴシゴシと擦り、また元の姿勢に戻った。
「俺さあ……正直言って、『無事で良かった』って思ったんだよね。脚が動かないって聞いても、それでもとにかく、生きててくれて良かった、って」
「……ああ」
「でもそんな事、夏蓮には言えない。彼女にとってはすごい残酷だよね」
「あー、うん。少なくとも今は、そうだな」
弱々しく息を吐き、陽はボソリと呟いた。
「……不死鳥なんて、描かなきゃよかった。タチの悪い冗談みたいだ」
「それはお前……関係ないだろ?」
「そうだけど……」
奥歯を噛み締めているのだろう。こめかみがピクピク動いているのが指の隙間から見える。陽がまだ何か言おうとしているのがわかって、優馬は次の言葉を待った。
「もしさあ……夏蓮の脚が、治らなくても、俺は傍にいたい。……でもそれは俺の我儘で、夏蓮にとっては辛い事なのかもしれない。だって俺は」
一言一言、言葉を区切って話すのは、考えながら話しているからだろうか。もしくは、口に出すのを躊躇っているのか。
陽は体を起こし、Tシャツの胸元を強く握った。
「……俺はきっと、絵を辞めない」
絶望感を滲ませる深いため息と覚悟を窺わせる声のトーンに、何故か一瞬、背筋に冷たいものが走り、優馬は密かに息を呑んだ。
「それって、夏蓮より絵を選ぶってことに、なるのかな」
「俺はそうは思わない。けどまあ、相手の受け取り方次第かもな」
受け取り方次第、か……と呟き、陽は小さく頷いた。
「夏蓮にちゃんと言おうと思う。思ってること、全部。でもそれは、今じゃない……よね?」
「……そうだな」
「わかった。今日はもう、これ以上考えない。嫌な事ばっか浮かぶし」
「おう。んじゃ、暗くなってきたし、飯食って帰るか」
「優馬さんはうちに帰って、家族で食べなよ。みんな待ってるだろ」
「じゃあ、お前も来いよ」
「俺は大丈夫だから。いっぱい飯食って、ガーッと走って寝るし」
「……そうか」
……こいつ、少し逞しくなったんじゃないか?
内心目を見張りつつ、優馬は立ち上がった。が、陽は動かない。
「……優馬さん、ちょっと待って。立てない。脚が……」
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