第150話 激情
「夏蓮!!!」
汗まみれで部屋に飛び込んできた陽の顔を見た瞬間、血液が燃え上がった様に感じた。様々な感情が一気に膨れ上がり、ベッドから跳ね起きて彼に飛び込もうとした。
が。
脚が、動かなかった。まるで、縛り付けられてでもいるように。
上半身の勢いで倒れ込みそうになった私を、陽はしっかりと受け止め思い切り抱き締めてくれた。
私はただ呆然と、目を見開いていた。
何も、見えなかった。視界が真っ赤に染まり、頭が痺れた。ただ、陽の荒い息づかいと、汗の匂いを感じていた。
頭では受け入れていたつもりだったが、その時初めて、実感したのだと思う。自分の脚は動かないのだ、と。
「夏蓮……」
泣きそうな声の小さな呟きを聞いた時、何かが切れた。
視界が戻り頭の痺れが消え去ると、様々な感情が爆発し激しく入り乱れ始めた。
陽が腕を離し、涙をたたえた美しい瞳で私の顔を覗き込み頬に触れようとしたその時……私は我知らず、陽を思い切り付き飛ばしていた。
来客用の丸椅子をいくつも巻き込み、もんどり打って倒れた陽を、入ってきたカズが助け起こした。
体が、口が、勝手に動き出す。私は逆上し大声で喚きながら、枕やクッション、時計、花の入った花瓶まで投げつけた。
止めたかった。本当はそんなこと、したくなかった。
陽の姿を見た瞬間、血液の一滴までもが、細胞の全てが、陽を求めた。
陽の腕に抱き締められ、胸に顔を埋めて泣きたかった。息が出来ないくらい固く抱き締められたまま何時間も何日も慰められ、涙が枯れるまで泣き続けたかったのに。
でも。
私の体は裏腹に、陽を拒絶し、残酷な言葉を投げ付け、涙を流しながら狂った様に叫ぶのを、止められなかった。
陽は尻餅をついたまま、次々に飛んでくる物をかろうじて片手で防ぐことしか出来ず、呆然としていた。次第に困惑した表情を浮かべ、最後には涙を堪えていた。とても悲しそうに。
その表情は狂おしいほどに愛らしく、何故か殴りつけたい衝動を覚えるほどに愛しかった。だがそれに反比例するように、憎らしく、腹立たしい物だった。
悲しいのは、苦しいのは、私だ。最も辛いのは、この私なのだ。
気づいたら、カズに羽交い締めにされていた。
陽はのろのろと立ち上がり、千切れた花びらまみれでびしょ濡れのまま、ふらつく足取りで部屋を出て行った。
暴れながら、私が何を言ったのか覚えていない。
でも、最後に絶叫した言葉だけは、絶対に忘れないし、今も死ぬほど後悔している。
「あなたは絵が描けるじゃない! そんな顔するのは、その両腕をもぎ取ってからにしてよ! こんな……こんな脚で、どう踊れって言うのよ!」
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