第149話 飲み込めない悲劇
気を失った夏蓮が目覚め、真っ先に発した言葉は「医師を呼んで」だった。
医師から詳しい説明を受ける間、夏蓮は虚空を睨み据え、かと思うと眉を寄せて目を閉じ、時には指先で額をぬぐいながらも、一言も発することなく聞いていた。
震える息を長く吐き出した後、夏蓮の声は思いの外しっかりしていた。と言うより、押さえた怒りが籠っていた。
「要するに、原因がわからないから治療の仕様が無いってこと?」
「……簡単に言えば、そうです。必要な処置はしましたし、その他の検査でも異常は見られない。ただ、日数が経って見つかる可能性は無いとは言いませんが」
「もっと大きな、特別な設備のある病院なら?」
「もちろん紹介させていただきますが……それでも、先に行った可能性以上には期待出来ないと思います」
夏蓮の足元にぴったりと寄り添って座っていた母親が、口元を覆っていたハンカチで顔を隠し、堪えきれず嗚咽を漏らす。
それが夏蓮の忍耐の限界を綻ばせてしまったようだ。
「お母さん。心配かけて申し訳ないと思ってるし、来てくれて感謝してる。でも、それ以上めそめそするなら出て行って」
声を荒らげるわけでは無かったが、かなりきつい口調だった。
母親は息を飲み込んで嗚咽をぐっとこらえ、父親はその背中をさすりながらも何も言えずにいた。
「夏蓮……」
「わかってる」
夏蓮は血の気の引いた白い顔を伏せ、震える唇で静かに息を吐いた。
「酷い言い方をして、ごめんなさい。でも今は、独りになりたいの。カズ、あなたも……お願い」
夏蓮の口調から、本気で言っていることはわかった。本当なら大声で泣き叫びたいであろうところを、とてつもない自制心を発揮して耐えているのだ。
両親を部屋から連れ出した時、夏蓮は下半身にかけられた毛布を両手で掴み、思い切り握りしめていた。
病院の玄関まで両親を見送った五島は、病室の前まで戻ってきたものの、部屋には入れずにいた。夏蓮自身が求めた通り、ひとりきりになる時間が必要だと思ったからだ。
五島自身にも、時間が必要だった。
昨日から目まぐるしく変わる状況を見守るうち、いくばくかの覚悟が出来ていたとはいえ、診査結果を受け入れられた訳では無い。ただ、夏蓮とその家族の手前、冷静さを装っていたに過ぎないのだ。
病室のドアの窓を覗き、夏蓮が先ほどと同じ姿勢でじっと目を瞑っているのを確認すると、五島はその場を離れエレベーターホールを通り過ぎ、廊下に設置された水飲み器へ向かった。
ひとくち目の水を飲み下した瞬間、自分が相当乾いているのに気づいた。
そのままごくごくと、たて続けに水を飲む。昨日の朝食以来、何も食べていないことにも気づいたが、全く腹が減っていない。
息が続かなくなるまで水を飲み続け、大きく息を吐いた。全速力で走ってきたかのようにしばらく肩で息をして、呼吸を整える。
ハンカチを水で濡らし顔を拭うと、少しだけすっきりした気がした。
部屋へ戻ろうと顔を上げた時、エレベータホールから人影が飛び出すのが見えた。素早く辺りを見回して駆け出したその男は、大月陽だ。
今はまずい、と声をあげる間もなく彼はドアに取り付き、開け放った………
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