第148話 残酷な告知
「……陽の声が」
「なんだって?」
「陽の声が、聞こえた気がしたの。それで振り返ったら……バランスを崩したんだと思う。なんだか吸い込まれるみたいに……」
掠れた声で呟く様にそう言うと、夏蓮は目を閉じてこめかみを押さえた。
「痛むのか?」
「少しね。あと、ちょっと目眩がする」
今までに聞いたことのない、弱々しい声だった。
早朝から検査続きだったし、まだ食事も摂っていないので仕方ないとはいえ、五島は心配でどうにかなりそうだった。
「お母さんたちは?」
「先生と話している。それと入院の手続きがあるから、もう少しかかるな」
「……そう」
「陽くんにも知らせてあるから、夕方には着くと思う。それから、見舞いの連絡がたくさん来てたが、とりあえず後日ということで対応しておいた。」
「わかった。ありがとう」
「そうだ、これ……検査で外したんだが」
五島はポケットからペンダントを取り出し、着けてやろうと夏蓮の背後に回った。夏蓮はゆっくりとした動作で髪を片側にまとめ、白い首筋を露わにした。
不器用な手つきで留め具を嵌め終えた時、五島の恐れていた言葉が放たれた。
「それで、いつ復帰できるの?」
五島は夏蓮の細い首筋を見つめながら、両の拳を握った。
「ああ、その話はまた後で……」
「いま教えて。予定を組み直さなきゃいけないし、他にも色々あるでしょう? 早く取りかかった方がいいわ」
言い逃れは出来そうになかった。
親に告げられるより、自分が言った方がいいだろう。いや、夏蓮を守れなかった自分こそが、言わなければ。
「夏蓮」
五島は椅子に戻ると、膝の間で手を組んだ。夏蓮の目を真っ直ぐに見据える。
「今回の事故は、俺の責任だ。俺が傍にいたのに、お前を守れなかった」
「やめてよ。私が勝手にバランス崩したのよ。むしろ迷惑をかけて申し訳なく思ってる。なるべく早く復帰するから」
「夏蓮、聞いてくれ」
五島はより強く夏蓮の目を見据え、その視線を捉える。
「覚えていないんだろうが、早朝にお前は一度目を覚ました。その時に足が動かないことが判明して、お前は気を失った」
夏蓮の怪訝そうな表情から、本当に覚えていないことがわかる。
あまりのショックで記憶が抜け落ちたのだろう。そういう例はよくあると知っていたので、五島はある程度予期していた。
五島自身の絶望感を押し隠し、平静を装うのに努める。
「……お前の脚は、もう動かない。両脚とも」
全く表情を動かさず、夏蓮は数秒間、五島の目を見つめ返していた。
やがて薄く唇が開き、フッと小さく笑う。
「嘘。変なこと言わないでよ」
「本当だ」
「だって……全然痛くないし。ちょっと頭を打っただけでしょう?」
「神経が麻痺しているらしい」
強張った顔でそろそろと手を伸ばし、布団の上から脚に触れ、そっと摩る。
「でも……今だけよね? 感覚が無いのは麻酔のせいでしょう? 治るんでしょ? 治療すれば、ちゃんと……」
声に不安が混じる。見開かれた目に、怯えたような色が浮かぶ。
五島は脚を摩る夏蓮の手を強く握った。
「現時点で出来るだけの治療をした。さっき君が言ったように、少し頭を打ったのと軽度の打ち身だけで、他に外傷はない。だが、脚は動かなくなってしまったんだ」
「……嘘。そんな………そんなわけないわ」
夏蓮の手が、小刻みに震え始める。呼吸が浅くなる。
「夏蓮、いま、他の方法を探してる。別の病院、別の検査、治療方法。だが……治る見込みは薄いそうだ」
「……嫌よ! そんなの認めない! 信じない! 私は、絶対に……」
ヒュッ、と短く息を吸った途端夏蓮は力を失い、咄嗟に抱きとめた五島の腕の中に倒れこんだ。
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