第143話 強制じゃない夏期休暇


「わあ、俺が自分でゴリラって言ったみたいになってる。優馬さんの発言なのに……」

「そこは編集の妙ってやつだ。突然第三者が口挟んできたら、読者が混乱するだろ」


「あ、腕時計の話カットされてる」

「当たり前だ。『煩わしいから、腕時計なんて皮膚の下に埋め込めばいい』なんて話、使えるわけねーだろ」

「えー、便利だと思うんだけどなあ」

「皮膚を透かして時間が見えるとか動力は脈動とか、普通にこえーから。外で言うなよ?」



 4年前の取材時よりもリラックスした表情で写っている写真をざっと眺め終えると、陽は薄い冊子を閉じた。下唇を軽く噛みながら、表紙のイラストを指でなぞっている。


(恵流ちゃんが生きてたら、今回も町中走り回って集めるんだろうな……)


 おそらく、陽も同じことを思っているのだろう。

 陽の表情からそう確信した優馬は、しんみりとしかけた空気を変えるように意識して明るい声を出した。


「この本さ、芹沢さんが見舞いがてらに天本さんに持って行ってくれるって」

「そっか、よかった。オヤジさん、俺が行くと怒るんだもん」


 いつぞやの不安気な様子は何処へやら、陽は拗ねるふりをしつつも嬉しそうだ。


 手術を無事終えた天本は、まだベッドから自力で起き上がれずにいるものの、意識は取り戻していた。陽が2日と置かずに見舞いに行くので、「絵を描く時間が無くなる」と追い返す程には回復を見せている。


「そういや天本さんが倒れたのって、6月半ばだったろ? 最初の時もその頃だったよな」

「そうそう。ドイツから帰ってきたとこでさあ……空港で聞いて、心臓止まるかと思った。んで、いきなり独立の話じゃん? あれは怒涛の1日だった」



 あはは、と他人事のように呑気に笑う陽を見て、優馬は安心した。この分なら、数日間離れても問題無いだろう。


「よし。じゃあ、そろそろ行くわ。お前ももうすぐ出るだろ?」

「そうだね。夏蓮の広島公演見て、そのまま観光して……たぶん、週末には戻るよ。栞さんに『夏休み楽しんで』って伝えて」


「おう。夏蓮さんにも『千秋楽お疲れ様』って。あ、お前の名前で花出しといたから」

「まじで? ありがと」


「なんかあったらソッコー電話しろよ? 時間気にしなくていいから」

「わかってる。ガキじゃないんだから大丈夫だって」


「いやいや、お前最近特に抜けてるし。絵以外のことになると、もう……」

「わかったって! 気をつけるから! とっとと行け!」



 ほとんど蹴り出される形で陽の部屋を後にし、優馬は愛用の自転車に跨った。


 広島に着いてしまえばカレンさんや五島さんと合流するのだし、まあ、大丈夫だろう。

 陽とふたりでスタジオを設立して以来、初めての長期休暇。栞と連休を合わせて取るのも新婚旅行以来だ。


 気持ちを切り替えて、家族3人、うんと楽しい連休にしよう。



 浮き立つような気持ちで、優馬は愛車のペダルを踏み出した。



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陽「腕時計の話、夏蓮は笑ってたよ?『あなたはそんなことしなくても大体の時刻はわかるでしょ』って」

優馬「……なんで?」

陽「陽射しの加減とか太陽の位置とか。あと腹時計的な」

優馬「さすが野生児」

陽「恵流は『うんと薄い自動巻きを開発出来ればイケる。日本の技術力ならきっと』って。でもそれまでは動力が必要だから、脈動を使おうって結論に至りました」


優馬「お前と付き合うと、発想が伝染るんだな……」

陽「人を汚染源みたく言うのやめて」


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