第138話 アウトプット
「ぶははははは!! バカだ、バカがここにいる! ぶああああか!」
腹を抱えて陽を指差し、涙を滲ませるほど大笑いしている優馬を、渡辺は慌てて嗜める。
「ちょっ、木暮さん! そんなに笑っちゃ」
「いいのよ、笑って! ね? 失礼しちゃうでしょお?」
「……すみませんでした、ってばぁ」
言葉とは裏腹に楽し気に笑っている夏蓮の肩に、陽が額を擦り付ける。
「な、言ったろ? こいつのアウトプット能力は……」
「「絵画に特化してる」」
優馬と渡辺が、声を合わせて笑い出した。
夏蓮は片手で陽の頭を撫でながら、もう一方の腕を伸ばし陽のバッグから丸めた画用紙を取り出した。
「そのとおり。その絵を見たら、もう、なし崩しで許しちゃったわよ」
夏蓮が自室で着替えている十数分の間に、いつも持ち歩いている携帯用の水彩セットで描いたというその絵。
力強く咲き乱れる、毒々しいまでに美しい花々が背を伸ばし、次第に溶けて混じり合い炎と化す。その炎の中から、火の粉と花びらを撒き散らしながら飛び立つ、一羽の不死鳥。
「見た瞬間、そのイメージが浮かんだんだ。夏蓮ってさ、可憐っていうより『紅蓮』とか『火焔』って感じでしょ? 紅蓮の炎。倒れない挫けない、紅蓮の炎の中から何度でも蘇る、美しい不死鳥。そんな感じを言いたかったんだ。
でも、最初に人喰い花って言った時の夏蓮の顔見て、続きが言えなくなっちゃって……」
「アホだ……ま、生命力ありそうだしな、人喰い花。それが燃えた炎から生まれたなら、とびきりの不死鳥だ」
「それ! そういうこと! さすが優馬さん、口が上手い!」
頭を撫でられながら不自然な体勢で顔だけを優馬に向け、ビシッと指を差した陽の手を叩き落とす。
「人を指差すんじゃねえ。それに、口が上手いじゃなく、せめてフォローが上手いと言え」
「……はい、すんません」
(さっき優馬さんも、大月さんを指差して笑ってなかったっけ……)
渡辺は密かにそう思ったが、口に出すことはしなかった。
相変わらず陽の頭を優しく撫でながら、夏蓮が優しく宥める。
「陽は、思ったことを素直に言っちゃうだけなのよね~」
相変わらずされるがままの陽だが、彼女の肩に頭を乗せたままの不自然な体勢でキツくないのだろうか。
少し心配になりながらも、優馬は若干苛ついた。くそう、早く家に帰りてえ。
「たまにすごい名言出すの、あれはまぐれ当りなんだな」
「名言なんて知らないし。ってか言葉なんて、ただの言葉じゃん」
「お前ね、元編集者にそれ言うか」
「あ、そっか。ごめん……いって! いででででで」
さっきまで頭を撫でていたその細い指が、陽の頭にぐりぐりと爪を立てている。
「そうね。言葉なんて、ただの言葉。でも私、その言葉にすっごくムカついたって話を、たった今してたんだけど……お忘れかしら?」
「ごめんなさいごめんなさい」
「ただの言葉で嫌な思いさせたり傷つけたりすることもあるんだから、言葉選びには気をつけましょうね。私もだけど」
漸く解放された陽は、跳ね上がるように直立し敬礼する。
「はい、気をつけます。以後重々気をつけます!」
「よろしい」
微笑んだ夏蓮の手招きに応じ、陽は促されるまま夏蓮に背中を預けてしゃがみ込んだ。夏蓮が陽の髪を解き、手で髪を梳き始める。
(流石、カレンさん。きっちり締めてくれるな。なんかタイムリーだし)
見事な手綱さばきに感心しつつ、優馬がこっそり目配せすると、渡辺はくすぐったそうに微笑んだ。
「それにしても」
照れ隠しなのか、渡辺はおもむろに画用紙に手を伸ばす。
「この絵の花、毒々しいけど綺麗ですよね。妖しくて、力強い」
「でしょ? 俺もそう思ったんだよね」
乱れた髪を結い直してもらいながら、陽は満足気だ。
「調子に乗るんじゃねえ」
優馬の言葉に、夏蓮はクスクス笑いながら陽の髪を結い終えた。
「はい、出来上がり!」肩をポンと叩くと、そのまま陽の肩に跨る。
「肩車でお部屋まで連れてって」
「かしこまりました」
陽は夏蓮を担いだままそろりと立ち上がる。元々木材倉庫だった部屋なので天井は高く、夏蓮を肩車していても頭上には余裕があった。
片手でバッグを掴み、もう一方の手で渡辺から絵を受け取ると、そのまま器用に夏蓮の両足を固定して、扉へ向かう。
「お先でーす」
「おう」
扉の手前まで来ると、夏蓮はおもむろに上体を倒して逆さまにぶら下がり「またね~」と手を振った。そして扉を抜けると、腹筋の力だけで起き上がる。
渡辺が「わあ」と小さな感嘆の声をあげた。
担がれたまま上半身だけで踊る夏蓮とグラグラしながら歩く陽を見送り、渡辺は感心した様にため息をついた。
「カレンさん、相変わらず、パワフルな人ですねえ」
「だねえ」
「僕、なんか色々考えてたの全部忘れちゃいました」
「あははは。あの人の前じゃね、色んなこと吹っ飛ばされちゃうよな。特に今日はノリノリだったし」
渡辺は少し放心しているようにも見えた。
「……不死鳥ってあの絵のことですかね?」
「……さあねえ」
優馬がフッと吹き出したのを合図に、ふたりはまた、同時に笑い出した。
思いつめていた反動だろうか、渡辺は本当に楽しそうな笑顔だ。
ひとしきり笑うと、渡辺は「僕、そろそろ帰ります」と立ち上がった。
「おう、またおいで」
青年の吹っ切れたような清々しい表情に、優馬は少し安心した。
陽の迷言も自身の与太話も、そして煌月カレンの鮮烈な存在感も。悩める青年にとって何かしらのピースになっただろう。
繊細で、賢い子だ。
そういう子にとって、手にしたピースは多いほうが良い。
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