第134話 若きワタナベの悩み
「渡辺君は、期待してるんだね。人とか、この世界に。だから、理解されなくて傷つくし、好きになれないんじゃない?」
「俺は何も期待してないよ。期待しなきゃ、裏切られることもない。逆に、他人から親切にされれば純粋に嬉しい。だからさ、さっきも言ったけど、俺は今の状況にすごく感謝してるんだ」
† † †
「そうかぁ。陽のやつ、そんなことを……」
「はい。俺、なんか……淋しいっていうか、虚しい? 違うかな。えっと、それってほんとに幸せなのかなとか思ったり……」
『他人には何も期待していない』
こんなことを、ごく当たり前の事みたいに、なんならうっすらと微笑みながら言う陽を前に、渡辺青年は言葉を失ってしまったのだと言う。
(陽のポンコツ野郎、ちっとは言葉を選べよ。ハタチそこそこの青年に、そんな言い様があるか)
優馬は内心、頭を抱えしゃがみ込みそうになった。が、表面上は平静を取り繕ってフォローする。
「まあ、ね。幸せのカタチというのは人それぞれだから。陽もあいつなりに生きてきて、色々あって、そういう考えに至ったんだろうからね」
「でも俺……なんかちょっと、ショックでした。あんな絵を描く人なのに、急に冷水浴びせられたみたいで」
「線引かれた感じ?」
「ああ、うん。そうかもしれません。いや、それは俺が、勝手にベラベラと重い話をしちゃったせいだと思うんですけど。なんか気づいたら、口が勝手に動いちゃってて……大月さん、迷惑だったのかもしれない」
(バッチリ気にしちゃってんじゃねーか。可哀想に)
優馬は慌てて弁解する。
「(全く、なんで俺が‥……)いや、迷惑とかじゃないと思うよ。あいつなりに、精一杯正直に、丁寧に話したんだと思う。むしろ俺は、口下手なあいつがそんな長いセンテンスを喋ったことに、驚いてるよ」
「そうなんですか」
「うん。インタビューとかでも苦労してるんだ。すぐ中間を端折って結論を言うから、慣れない人が聞くと混乱するしさ。いつも俺が横からフォローしてるんだ。なのにそれだけ喋ったんだから、迷惑とかは気にしなくていい」
「はあ……」
渡辺君はまだ不安そうだ。
「大体あいつは前から、そういうとこあるんだ。他人の領域に踏み入ることに慎重っていうかさ。自分から距離を詰めることはまずしない。
陽の例えに倣って、人の心を家だとすればね? 俺なんかはコンコンってドアノックしながら『おーっす』みたいに入っちゃうけど、陽はまず、家の門の近くをウロウロして、チャイム押すかどうか散々迷って、もう一回家の周りをぐるっと観察して、タイミングはどうか迷惑じゃないかとかソワソワして、やっと『ピンポーン』って押す、みたいな?」
いまいち腑に落ちないという表情を見て、言葉を継ぐ。
最終的に何が言いたいのか自分でもわからないが、とにかく話し続けよう。着地点は話しながら考えればいい。
「自分と他人との境界線付近をさ、何度も右往左往して、ようやく半歩、また半歩踏み込むって感じで。あいつ、普段はぼーっとしてるくせに、こと対人関係に関しては、やけに慎重なんだ。距離を置いてるんじゃなくて、間合いの取り方が独特っつーか、自分から距離を詰めるのに時間が掛かるタイプなんだよ」
渡辺君は、訝りながらもなんとか納得した様子だ。
「でもさー、そうやってモジモジしてる間に、なぜか周りがあいつを放っておけなくて色々構っちゃうんだよな。俺みたいにさ」
言いながら、優馬は思わず苦笑いを浮かべる。つられたように、渡辺君も少し表情を緩め小さく微笑んだ。
よし。ちょっとでも笑わせればこっちのもんだ。
「陽と本当に親しくなりたかったら、結構グイグイ行かないとな。そしたら、そのうちグダグダと押し切られ……いや、受け入れられるようになる」
優馬は大げさに肩をすくめ、笑って見せた。
「他の人には内緒だよ。悪い人に付け入れられるとまずいから」
拳を口に当てて笑みを堪える渡辺の表情を見て、ひとまず安心する。嫌われたという不安は拭われたみたいだ。
後は、ヤツの言葉足らずを補っておかなきゃな……
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