第127話 五島武一
夏蓮と大月陽が連れ立っているのを見るのは、久し振りだった。
以前は姉弟の様にも見えたものだったが、今の大月陽は物腰が落ち着き堂々として見える。とはいえ、威張っているとかそういうことではなく、ごく自然に夏蓮の傍に寄り添っていて、年齢差を感じなくなっていた。
小さなホームパーティーに集まった共通の知人達は、主に夏蓮の変化に驚いている様だ。
「表情が明るく柔らかくなった」「口調が優しくなった」「とにかく幸せそうだ」
口を揃えてそう言われ、夏蓮本人は照れながら謙遜していたが、それがまた周囲の驚きを誘う。以前の夏蓮なら、『謙遜』なんて言葉とは無縁だったはずだ。
大月陽が楽しそうに「そうなの?」と覗き込むと、夏蓮ははにかみながら「別に、普通よ。みんなからかってるだけ」と彼の背中に隠れてしまった。
微笑ましい筈のその光景から、五島は思わず目を逸らした。見ているこっちが恥ずかしくなる。
はにかんで頬を赤らめる夏蓮……そんなもの、見たくはなかった。
そんな姿、夏蓮らしくない。もし口に出してそう言ったとしたら。
以前の夏蓮なら「何が私らしいかは、私が決めるわ」と、ピシャリと撥ね付けただろう。
だが、今は……?
もし別の答えが帰ってきたらと思うと、嫌な気分になった。別の知人と目が合ったふりをして、五島はその場を離れた。
「やあやあ、五島くん」
声をかけてきたのは、夏蓮の叔父だ。
指揮者であるこの叔父は、昔から夏蓮をいたく可愛がっている。この度も夏蓮の舞台で使用する音楽について相談したところ、オーストリアからわざわざ飛んできたのだ。
……というと単なる叔父馬鹿のようだが、実は舞台映像の現場というものを見たかったらしい。年齢の割にかなり好奇心旺盛でフットワークが軽く、言葉は悪いがミーハーなところもある男だ。
「さっき大月くんに挨拶したけど、彼、様子がだいぶ変わったねえ。随分しっかりして。まあ、『男子三日会わざればナントカって言うしねぇ」
「『男子三日会わざれば刮目せよ』、ですか?」
「あ、そうそう。それ。孔子も良いこと言うねぇ」
「呂蒙です。孔子じゃなくて」
「ん? ああ、そうか。ははは。こりゃ参った」
ちっとも参っていない調子で笑うと、スタッフと談笑し合う夏蓮達を嬉しそうに目を細めて眺める。
「刮目と言えば、夏蓮もだ。幸せそうで、匂い立つようじゃないか。恋する乙女って感じだねぇ」
「乙女……って年齢でもないでしょう。さすがに」
いやいや、と彼は大仰に目を見開き首を振る。
「女性はね、恋をすれば、いくつになったって乙女なのですよ」
「……それは誰の言葉ですか」
「さあ……歌の歌詞かなにかじゃないかなぁ。ははは。まあ何にせよ、夏蓮が幸せならば私も嬉しいよ。お似合いのカップルだ。いやあ、若いって素晴らしいねぇ」
自分の鼻唄に指揮を執りながら去って行く背中を見送りながら、一瞬、ネクタイを毟り取り携帯電話も何もかも投げ捨てて帰ってしまいたい衝動に駆られる。
だが、五島はなんとかそれを押さえ、口の中で呟くに留めた。
………全く、どいつもこいつも……揃いも揃って愛だ恋だと。うんざりだ。
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叔父(まあまあ五島くん。そうカリカリしないで、帰ったらお部屋で瓦でも割りなさい)
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