第118話 宴の翌日
「もうヤダ。超疲れた。パーティーとか、二度とやらない」
回転椅子の背を抱え込んで逆向きに座り、ぐるぐる回りながら、陽は何度目かになる言葉を呟いた。
小さな子供連れでは、と昨日のパーティーへの出席を控えていた栞が、笑いながらスタジオの中をゆっくり歩き回り、見学している。
腕の中で眠っている優侍をあやしながら、優馬は小さな声で言い返した。
「心配しなくても、当分はそんな暇ないから。ちゃっちゃと新作描かないと、ギャラリー空っぽだぞ」
「ほんとにねえ。ほぼ完売じゃない?」
栞がいかにも感心したという顔で、また笑った。棚に立てかけてある作品には、ほとんど売約済みの赤いリボンが付けられている。
大きな絵は藤枝のギャラリーに展示してもらい、こちらのスタジオでは比較的小振りな作品や他素材を用いた前衛的な作品を、と分けて展示することに決めた。
手の届きやすい価格の作品が多かったせいもあるのだろう、スタジオ展示分は、なんとお披露目パーティー当日にほとんど売れてしまったのだ。
藤枝のギャラリーに預けていた作品にも、数点買い手がついたという。
昨日のパーティーは大盛況だった。いや、大盛況というより、混乱状態の一歩手前と言った方が正しいかもしれない。
11時のオープンからひっきりなしに客が訪れ、あっという間に1階のギャラリーは人で一杯になってしまった。
『HEAVY DOOR』を一日貸し切りにしていた優馬の慧眼たるや、天晴というものだ。とはいえ、流石の優馬もこれほど早く人が集まるとは思っておらず、Takに頼んで昼からのオープンを早めてもらった程だった。
一通り見て回った客にはパーティー会場か別の絵を見るかを選んでもらい、次々にタクシーに乗り込ませ、Takの店か藤枝のギャラリーへと送り込んだ。もちろんそのまま帰る者も居たが、客の多くはどちらかの店に流れていった。その全てを、優馬をはじめ客達が次々にSNSにアップしていくので、来訪者はどんどん増えた。
スタジオは22時で閉めたが、HEAVY DOORに流れた客達は深夜まで盛り上がったのだった。
タクシー代や店の貸し切り料金等はかかったが、車を出して何往復もしてくれた芹沢や菅沼の尽力もあり、その日の売上で充分賄えてしまった。
案内はメールやSNSを駆使したし、芳名帳に記帳してくれた客への記念品を発送しても、採算は黒字になるだろう。
パーティーを企画した優馬自身も、まさかここまで上手くいくとは思わなかった。
今日になって昼を過ぎた頃には、また嬉しい知らせが入った。
昨夜のパーティーで再びダンシングクイーンと化した夏蓮に新たな仕事のオファーが入り、Takは「貸し切り用のメニュー以外の別注文が多く入って大繁盛だった」とわざわざ電話してきたのだ。
「もう、四方八方、あっちこっちで大団円。文句無しの大成功だな。なー、優侍」
優馬はゆっくりと身体を揺すりながら、眠る幼子の涎をそっと拭う。
「ふふ。大団円って。ここからが船出でしょ?」
「それもそうか。じゃあ昨日は、船出パーティーの大団円だ。これから出航ってことで……陽、船長とキャプテンどっちがいい? 選ばしてやる」
「はあ? それ、どっちも意味一緒じゃん」
「じゃあ、社長とボス。どっちにする?」
陽はぐるりと椅子を回して栞に向き直ると、呆れ顔で笑った。
「ねえ栞さん。この人ほんと意味わかんない。通訳お願いします」
「あはは。うんとね、『これから一緒に頑張ろうね』って言ってます。たぶんね」
陽はまたぐるりと椅子を回して壁の方を向き、指先で鼻を擦った。耳の縁が、僅かに赤く染まっている。
「ねえ、栞さん。俺、優侍は栞さんに似た方がいいと思うな。優馬さんはたまに変だもん」
二人のやりとりが聞こえないふりをして、優馬は眠る幼子の頬をちょんと突ついた。
「なー、優侍? お前はいい子に育つんだぞ? あそこでブーたれてるヘタレみたいにはなるなよ。あいつ今だにお前のこと抱っこするのが怖いんだとさ」
「ヘタレじゃないし。赤ちゃんってぐにゃぐにゃしてるしさ、やたら熱いから、滑って落っことしそうでおっかないんだもん」
優馬の軽口に陽が口を尖らせるので、栞は笑って宥めた。
「もう、優馬ったら。大丈夫よ、陽くん。子供なんてすぐ大きくなるし、時間はたっぷりあるんだから。もうちょっと大きくなったら遊んであげて」
「うん。それまで俺、優侍の絵、たくさん描く!」
「お、いいねえ。名画確定だ。なんたって、モデルが良いからな。なー、優侍」
優馬が構い過ぎたのか、優侍は鼻を鳴らしてぐずり始めた。
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優馬「お前暑がりだしなー……ってか、赤ん坊並みに体温高いもんな」
陽「赤ちゃんと一緒にすんな。ぐずるぞ」
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