第115話 恩師 大友


 天本さんと顔を合わせるのは久々だった。あの頑健な天本さんが、まさか入院するとは。

 だが、脳梗塞。年齢を考えれば、あり得ない話じゃない。改めて、自分の年齢を思い知らされる。



 大友は見舞いの花束を静江に手渡すと、勧められたパイプ椅子に腰掛けた。


「具合はどうですか?」


 天本はニコニコ笑って頷いた。


「ああ、問題無いよ。手術も上手くいったし、工房の方もきちんと整理出来た。陽も順調にやってるし、何も心配してない」



 見たところ、血色もいいし口元の縺れも無い。右半身が不自由だとは聞いていたが、確かに、それ以外は元気そうだ。


 自分の病状よりも、大月陽の活躍についてばかり語る天本に相づちを打ちながら、差し出された写真の数々を眺める。


 独立に際し改築した、資材置き場の写真。

 入り口には分厚い一枚ガラスの扉、その両脇は腰高の青紫色の壁。上半分は同色の格子壁で内側はガラス張りになっており中が見えるようになっている。室内の壁は格子壁と同じ、一面光沢のある青紫色。腰高の棚がぐるりと設置されており、棚の上に絵を置いて展示するのだそうだ。奥まったところには棚を組み合わせて作ったという間仕切りがあり、その奥の小さなスペースが事務所になるらしい。


 最後の写真には、印象的な看板の下、ぎこちない笑顔の大月陽と並び、白い歯を見せて爽やかに微笑む男性が写っていた。


 天本の解説は、今度はその男性がいかに信頼に足る人物か、大月陽をいかにサポートしているかに移行している。


 その様子は、常々チェックしていた大月のブログやFBからも見て取れた。

 大月陽の絵は最近とみに凄みを増し、奔放な表現力に満ち溢れている。パソコンの画面からでも、絵の持つ力が伝わって来る。

 スタジオがオープンした際には、是非とも実際の絵を拝みに行こうと思っていた。


 そう返すと、天本は自由になる左手で嬉しそうに布団を叩いた。


「そうそう、今日は午後から陽が見舞いに来るんだ。もうすぐ着くと思うから、会って行ったらどうだ? 陽もきっと喜ぶ」



 ズキン、と何故か心臓に痛みが走った。



……そうか。


 大月陽。手元の写真に再び目を落とす。


 自分が知っている姿より、随分と逞しく精悍になっている。前に送られて来たインタビュー記事の写真よりも、ずっと。

 何だろう、覚悟を決めた男の顔、といったところだろうか。



(大月、大きくなったんだな……)


 父親の失踪、急遽決めた就職、恋人の死。様々なことを乗り越え、それでも絵を描き続けてきた彼は、どんな男に成長しているだろう。


 幸い、時間はたっぷりある。陽が現れるのを楽しみに待ちつつ、大友は工房を買い戻すと宣言したという陽のエピソードを涙ながらに語る天本の声に耳を傾けた。



______________________________________




天本「そういや、闘う美術部って呼ばれてたって?」

大友「ああ……身体を鍛えるためと、生徒に身体や筋肉の動きを意識させるためにですね、基礎的な運動をさせてたんですよ。描くには構造をよく知らないと」


天本「なるほど。ちゃんと理由があったんだな」


大友(さては大月、理由忘れてるな……)

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