第106話 急転直下



 なんだかキラキラしたものが近づいて来るのを感じて振り向くと、視線の先に陽が居た。ポケットから携帯電話を取り出し、操作しながらこちらへ向かっている。


「陽! こっちこっち!」


 優馬は大きく手を振った。

 顔を上げた陽は、優馬を見つけると大きく微笑んだ。ゆったりと歩いてくる。



「なんだお前。やたら目立ってるぞ。本物か?」


 怪訝な顔で上唇をめくってくる優馬の手を払い除けもせず、陽は顔をしかめながらもされるがままになっている。


「うん、本物だ」

「なんだよ、それ」


 苦笑しながら自分を見下ろし、背面をチェックしようとくるくる回り始める。


「えっと、どっか変かな」

「お前、自分の尻尾追いかけてる犬か」


 優馬は陽の臀部を軽く膝蹴りした。


「服は変じゃねえよ。なんか、全体的に垢抜けたっていうか……わかんないけど、妙に目立つわ」

「えー……やだな。服のせいかな? これ、夏蓮さんが選んでくれて……買わされたんだ。『貧乏臭い服を着るな』って」


「うわぁ……苦労しただろうな。夏蓮さん」

「うん。なんかプリプリ怒ってた。あ、優馬さんによろしくって」


 五島と夏蓮は、成田で乗り換えてまた別の仕事へ直行だ。



 優馬に促され、ふたりはゆるりと出口へ向かう。


「そういやお前、随分と派手にやらかしたな」

「ん? あー、あれね。誰も俺なんて見てないだろうと思って油断してたら、バッチリ映されてて焦った。あれ、夏蓮さんの策略だから」


「だろうな。ネット上でちょっと話題になってるぞ。ま、呷ったのは俺なんだけど」


 得意気に笑う優馬の臀部を、今度は陽が膝蹴りする。


「勝手に情報貼るし。コワイコワイ。ネット社会怖い」

「おかげでお前のブログもFBも、アクセス数爆上がりだ。感謝しろよ」



 腹が減ったと騒ぐ陽に負け、車に戻る前にうどん屋へ立ち寄ることになった。


「うどんとカツ丼と牛丼と生姜焼き定食。あと、から揚げも食べたい」

「腹千切れて死ぬぞ」



 結局うどんとカツ丼のセットに決めた陽は、出汁の香りに目を潤ませている。


「ヤバい。和食ヤバい。ドイツのメシも普通に美味かったけど、出汁の香り嗅いだら猛烈に食べたくなってさ、素通り出来なかった」


 出汁をひとくち啜っては、ぎゅっと目を瞑る。


「ヤバい。美味い。泣いちゃう」

「大袈裟だな」


 優馬は笑いながら冷たい蕎麦を啜る。昼食は済ませていたので空腹ではなかったが、まあ、おやつと思えばいいだろう。


 優馬が半分も食べ終わらないうちに、陽はペロリと完食してしまった。

 メニューを見ながら、「次はカレーうどん……やっぱから揚げも」と呟いている。


 呆れる優馬を他所に、更にカレーうどんを追加した陽は、美味さに身悶えしながら

時間をかけて食べ始める。


「腹、落ち着いてきたか」

「いや、食べ終わるのが勿体なくて」


……もうわかったから、心ゆくまで味わえ。

 ひとくち食べるごとに「はぁ……」とため息をつく陽を放っておいて、優馬はタブレットを起動する。



「しかしこれ、何度見てもわからん。何がどうなったんだ」


 眉を寄せて見入っているのは、クラブでの夏蓮のダンスシーンの最後。陽の肩の上でひらひらと回転して肩に座るところだ。


「うん。俺もわかんない。なんかトーン、クルクルクル、ポン、って感じでさ、気付いたらそうなってた」


「……お前ね、ボキャブラリーを何とかしろ」


「いや、だってさ。ほんとにそうとしか言えないって。いきなりだし、あっという間だったし。『ほえ?』ってなってるうちに終わった。その動画だと普通に笑ってるみたいに見えるかもしれないけどさ、俺びっくりしすぎて内心ポッカーンだったもん」


 ほうじ茶をひとくち飲んでは、またため息。


「……舞台に立つ人っていうのは、凄いな。退場まで芝居がかってる」


「だね。こっちはもう、笑うしか無いよね。外国の血のせいもあるのかな。解ってるだけでも、スカンジナビアの辺りとかスペインとか……数世代ごとにちょびっとずつ混じってるらしいよ」


「ああ、そんな感じあるよな……やっぱ、純日本人とは違うもん?」


「んー、性格はちょっと強烈だけど、面白いよ。すごい突飛なこと言い出したりするし。でも、人種云々がどうとかはわかんないな。お姉さんふたりは純和風らしくって、自分でも『一族の跳ねっ返り』とか言ってたし」


 ようやく食べ終え、名残惜しそうに残ったスープを飲み干すのを見届けて、優馬は切り出した。


「よし、腹ごしらえも終わったところで、ちょっと話がある。落ち着いて聞いてくれ。実は、天本社長が倒れた」





 駐車場へ向かって走る陽を追いかけながら、優馬は大声で陽を引き止める。


「待て、待てって。大丈夫だから!」


 すれ違う人々が振り返る中、スーツケースを転がすのも焦れったく重いスーツケースを抱えて走っていた陽が、急に立ち止まった。かと思うと、脇腹を押さえてしゃがみ込んだ。


「……腹いてえ……」

「あれだけ食ってすぐに全力疾走したら、そうなるに決まってんだろ」


 思いっきり顔をしかめて脇腹を掴んでいる陽に、さっきの店の釣り銭を差し出すと、陽は歯を食いしばりながら首を振った。


「……駐車場代と高速代にして下さい。わざわざ迎えに来てもらっちゃったし」

「そうか。んじゃ、遠慮なくもらっとく」


 優馬は数枚の札と小銭を仕舞った。


「どうだ? 歩けそうか?」

「うん……なんとか」


 優馬はスーツケースを取り上げ、引いて歩き出す。前屈みで脇腹を押さえたまま反対側の肩へ掴まり、ヨロヨロとついて来る陽を、すれ違う人々は心配そうに振り返った。



「だからな、倒れたっつっても、命に別状は無いんだ。腰を打って病院行ったついでに検査したら、ちょっとした脳梗塞が見つかったってだけ」


「……うん。でも、脳梗塞って怖いイメージがあったからさ」


 天本良治が倒れたのは、陽がドイツへ旅立った翌日だった。

 ズキン、と頭痛がして倒れ込んだのと腰が嫌な音を立てたのは、ほぼ同時だったという。幸い仕事中で周囲に人がいたので、竹内の運転ですぐに病院へ向かうことが出来た。今は脳梗塞の手術が必要か、入院しながら経過観察中の身だ。


 せっかくの旅行なのだから、陽には帰るまで黙っておけ、というのは天本社長本人のお達しなのだという。


「もっと早く言ってよ。のんびりうどん食ってる場合じゃないじゃん」

「空腹の時に悪いニュースは聞くもんじゃない。それに、10分20分早く着いたところで、そんな変わらんだろ」

「それはそうだけどさぁ」


 ふたりはようやく車に乗り込んだ。


「仕事は?」

「竹内さんと村本さんで問題なく回してるけど、新規の受注は断ってるってさ」

「そっか」


 天本の容態について立て続けに繰り出す陽の質問に、栞からの受け売りで答えながら、優馬は病院へと車を走らせた。




______________________________________




優馬「で、俺への土産、何?」

陽「今それ聞く?それどころじゃないだろ……」

優馬「いいじゃん。ねえ、なになに?(ワクワク)」

陽「……栞さんにはマイセンのカップ。優侍に木製のおもちゃとテディベア」

優馬「おお、ありがとう。俺は?」

陽「優馬さんは赤ちゃんと一緒におもちゃで遊べばいいよ」

優馬「……ちょっと、車止めるわ。オマエ、降りろ」

陽「嘘だよ。チョコの詰め合わせとお菓子セット」

優馬「やったーーーーー!ヾ(@^▽^@)ノ」

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