第100話 夏蓮の本領
脳に突き刺さる電子音と心臓に響く重低音の中、目眩がしそうなケバケバしい照明がぐるぐると回る。ダンスフロアにひしめく人々が、あちこちぶつかり合い、時折雄叫びをあげながら踊っている。
飲み物を片手に、陽は夏蓮に手を引かれフロアへと引っ張り出されていた。五島はカウンターにへばりつき動く様子も無いが、ちゃんと夏蓮を見張っている。
「夏蓮さん、俺、踊れませんって」
夏蓮が振り向いて怒鳴った。
「え? なあに?」
「無理です。踊り方知らないし!」
陽も負けじと大声で言い返す。音楽と嬌声で声が通らない。
夏蓮が耳に齧りつく勢いで顔を寄せて叫ぶ。
「大丈夫、私が教えてあげる」
人混みを縫ってフロアのほぼ中央に陣取ると、夏蓮は陽の両手を取って向き合い、妖艶に笑った。ショッキングピンクの照明が夏蓮の顔を横切る。
陽の腕を取って腰に回し、自分は陽の肩に手をかけた。ギクシャクと腰の引けている陽の背中をグイッと引き寄せて距離を縮め、肩に手を戻す。
「まず、音楽を聴いて」
「……うるさいです」
夏蓮は陽の口をぎゅっと掴んだ。
「そういうこと言わないの。すぐに慣れるから」
「ハイ……」
「音楽に合わせて身体を揺らして……そうそう。上手いわよ」
初めこそギクシャクしていた陽だったが、すぐに慣れて夏蓮の動きについて来る。
少し身体を離し、簡単なステップやリズムの取り方、身体の各部の動きをいくつか教える。こちらもあっさり習得してしまった。
「なんだ、センスあるじゃない。じゃ、行くわよ」
夏蓮はバックステップで距離を取ると、いきなりダイナミックに身体をくねらせ踊り始めた。
周囲から歓声と口笛が飛ぶ。
黒いオフショルダーのブラウスに、こちらも艶やかな黒のクロップドパンツ。身体の線をこれでもかと際立たせるファッションに身を包んだ、黒髪のエキゾチックなアジアンビューティーの登場に、周囲の客が注目し始める。
ストロボのような断続的な光りの中に浮かぶ姿は、どの一瞬をとっても美しい。
やがて曲が変わると、照明も変わった。
客の身体をスクリーンにする様に、様々な色や映像がぐるぐると回る。夏蓮の黒の衣装はよく映像を写し、ますます目立っている。
徐々に夏蓮の周囲にスペースが出来た。周りの客が遠巻きに見蕩れているのだ。
ある程度のスペースを確保すると、夏蓮は本格的に踊り出した。
流石、あらゆる種類のダンスを身につけているプロなだけあって、周りの客の動きとは雲泥の差だ。
夏蓮へ向けての歓声が大きくなる。
照明が夏蓮に集中し始めた。
歓声や賞賛の視線を楽しみながら、夏蓮は周囲を挑発するように踊った。が、いざ誘って来る者が現れるとそれを軽く去なし、また陽の元へ戻りふたりで踊る。
少し経つとまたスペースの中央へ舞い戻り、周囲の視線を独り占めして踊り始める。
2曲、3曲と踊るうち、夏蓮は完全にその夜の主役になっていた。
何度目かに陽の元へ戻って来たとき、夏蓮が陽に耳打ちした。
「この曲で終わるわよ。ちゃんと受け止めてね」
聞き返す間もなく再び中央へ戻ると、夏蓮は盛大に周囲を煽りながら踊り始めた。怒号のような歓声が、最高潮に達する。
複雑なステップで両手両足が不規則に動く不思議なダンスは、素人が見ても相当難易度の高い踊りである事がわかる。スローモーションやストップモーション、複雑な動きを散りばめながら、夏蓮は息一つ乱すさず激しく舞う。
と、突然夏蓮が振り向き陽へ向かって踏み出したと思うと、雲の上を走るように駆け寄り、陽の肩に飛びついてヒラヒラと回ってストンと陽の右肩に腰掛け、ポーズを決めた。
瞬間、曲が終わる。
一瞬の静寂の後、会場が爆発したような歓声が沸き上がった。
「え? えええ?!」
呆気にとられた表情で、陽は自分の右肩に座る夏蓮を見上げている。
自分の肩の上で何が起こったかわからないが、何故か当然のように右腕で夏蓮の両足を支えていた。
夏蓮は左腕を陽の左肩に置き、上手く体重を分散させている。差し上げた右腕を振って観客の歓声に応え、写真や動画を撮っているスマホにキスを投げてアピールしている。
そんな夏蓮を見上げるうち、陽はなんだか可笑しくなって笑えてきてしまう。
「夏蓮さん、すげえ。わけわかんない」
しばらくの間たっぷりと歓声を浴びて、夏蓮が最後にDJブースを指差しウインクを投げると、たくさんのサムズアップが帰ってきた。直後、次の曲が流れ出す。
夏蓮はスルリと滑り落ちると、陽の首元に抱きついた。
「陽、あなたって、最高」
途端に周囲の客に囃し立てられる。口々に何やら叫び、口笛や指笛で煽られる。
陽は慌てて隠れるように夏蓮の髪に顔を埋めた。
「ちょ、夏蓮さん。みんな見てる。すっげえ見られてるんですけど」
「ふふ。いいじゃない。陽、両手は腰に。ギュッて」
「あ、ハイ」
言われた通りに、夏蓮の腰に腕を回す。音楽に合わせて、夏蓮が再びゆるゆると身体を揺らし始める。
「夏蓮さん……俺、帰りたいです」
「もう? もうちょっと遊ばない?」
「だって、みんな見てるしヤダ。帰りたい」
「しょうがないわね……」
一瞬名残惜し気な表情を浮かべたが、すぐに悪戯っぽく笑うと陽に何事か囁く。陽は驚いた様子だったが、そのうち呆れたように笑い出した。
ふわりと飛び上がった夏蓮を空中でキャッチし、抱きかかえる。
再び歓声や口笛がわき起こる中、陽はそのまま出口へ向かう。人混みが左右に割れ、夏蓮は陽に抱き上げられながら女王然と鷹揚に手を振り、陽は苦笑いしながらフロアを突っ切った。
「ああ、楽しかった! ね?」
「うん、まあ楽しかったですけど……どんだけ目立てば気が済むんですか」
いかついドアマンにウインクで見送られながら、陽と夏蓮は路地を抜け大通りに出た。
「あ、五島さんは? 置いて来ちゃった」
「もうすぐ来るわ。タクシー回してくれるはず」
「え、いつの間に」
「さっき帰る時、アイコンタクトしたもの」
夏蓮が背伸びをして車を探していると、白いベンツが現れた。
「あ、来た来た」
「……五島さん、すげえな」
「自慢の敏腕マネージャーよ」
タクシーの助手席には既に五島が座っていた。ドアを開けて夏蓮を乗せると、続いて陽も隣に座る。
「随分と派手にやったな」
「ふふ。明日の朝が楽しみね」
「明日?」
「ダンス関係の記者や関係者を数人呼んでおいたし、客も撮影していた。少なくとも地元の新聞には載るし、おそらくネットにも出回るだろう」
「ちょっとした売名行為よ」
「せめてプロモーションと言ってくれ」
夏蓮はああ言っているが、ただ単に楽しんでいるのだと五島は知っている。結果的に宣伝になるというだけの事なのだ。
「こっちでも公演やるんですか?」
「年末にね。今回はその件の諸々と、ついでに単発でダンスと日舞のレッスンの仕事」
「へえ……」
「スポンサー探しから自分達でやらなきゃいけないから、わりと必死よ。楽しいけどね」
「フリーのダンサーって、大変ですねえ」
「そうね。でもその分、自由にやれるけどね。まあ私には、ご……カズが居てくれるから助かってる」
「夏蓮さん、呼び方がいちいちブレブレです」
五島はこちらの会話には構わず、ドライバーに道順を示している。彼らのホテルがもうすぐ見えてくる。
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