第92話 栞(心の声を混じえてお送りします)


 今日、優馬がプリプリしながら帰ってきた。

 でも、怒っているのは単にポーズで、機嫌は悪くなさそう……どころか、ちょっとご機嫌みたい。


「恩知らずめ」「もう誘ってやんない」等と、いかにも聞いて欲しそうにブツブツ言うので、水を向けてみた。


「なーに? どうしたの?」





 仕事の合間に、今年3度目の安産祈願に行ったんだ。(もう祈願はいいわよ)


 で、陽が初詣行かなかったって言ってたの思い出したから、ついでにお守り買って仕事帰りに工房に寄ったんだよ。そしたらさ、ジョギングから帰ってきた陽を女の子が待っててさ、バレンタインのチョコ渡してんの。(あら)


 あいつニコリともしないで受け取っててさ、まあ一応礼は言ってたみたいだけど。

 でさー、もうちょっと愛想良くしろって言ったら「そんなあちこち愛想振り撒いてられない」とかほざきやがって。


 問い詰めたら(なにも問いつめなくても)、

 今年は20個近くチョコ貰ったとか言ってさ、絵の客から送られてきたりとか。

 俺より多いって、どういうこと? あいつ出不精のくせに、全盛期の頃の俺より多いって。モテてんじゃねーか! モテてんじゃねーか!


 いや、羨ましいとかそういうんじゃないよ、うん。違うよ? えっと、ほらその、恵流ちゃんのこととかあって、心配してたからさ。

 でもアイツさ、「甘いもの苦手だから困る」とかカッコつけやがってさ。全く。チョコ美味いじゃんな。チョコ食べたいよ。(いつも食べてるじゃないの。誰が補充してると思ってんのよ)

 ん? ああ、去年は「彼女がいるから」って全部断ってたんだって。




……はいはい。なるほどね。


「で、どうしたの?」

「アタマきたから、玄関に積んであったチョコ開けて、ヘッドロックかけて無理矢理口いっぱいに詰め込んでやった。へへん」


……しょーもな。なんで得意気ですか。子供ですか。


「で、お守りは? 渡したの?」

「うん。紙袋ごと、首のとこから服の中に突っ込んできた。ガサガサしてちょっと痛かったに違いない。ざまーみろ」



……そう、楽しそうで良かったこと。光景が目に浮かぶわ。



「来月どうするのかしらね?」

「お返しはするけど、付き合ったりは考えてないって。興味無いんだとさ」

「そっか……」



 栞はキッチンカウンターに隠しておいたチョコレートの箱を取り出し、優馬に渡した。

「ちょっと早いけど、羨ましかったみたいだから。はい、私からのバレンタイン」


「やった!」と声を上げ、優馬はホクホク顔で包みを開ける。

「ちょっとずつ食べるから大丈夫! 14日までちゃんともたせるから!」


 そんなこともあろうかと、当日用には別のプレゼントを隠してある。これくらいは想定済みだ。



「どれ食べたい?」

「んーと、これ!」


 優馬の指差したチョコをつまみ、食べさせてあげる。


「はい、通算20回めの安産祈願、ありがと」

「どういたしまして。もうすぐだもんね、頑張ろうな!」



 優馬が暖かい両手で栞の顔を挟み、額と額をくっつける。口をモグモグさせている優馬から、チョコレートの甘い匂いがする。


 栞の大きなお腹が、優馬の腹に触れた。

 お腹を圧迫しないよう、そっと優馬の腰に手をまわす。優馬も同じように栞の腰に手をまわした。暖かくて気持ちいい。


 ふたりで赤ちゃんを抱っこしてるみたい……栞はそう思いながら目を閉じた。



「なあ、こうしてるとさ」

「うん?」

「ふたりでお腹の赤ちゃんを抱っこしてるみたいだな」

「……わたしも今、そう思ってた」

「楽しみだな」

「うん」


 優馬が額を擦り付けてくる。胸の奥があったかくなって、涙が出そうなくらい幸せな気持ち。


……こうなると私の悪い癖、イタズラ心が出て来てしまう。



「ところで優馬?」

「ん?」


「さっきの、『全盛期』って、なあに?」

「……え?」


 額のスリスリが止まった。

 栞は顔を上げ、目の泳いでいる優馬に、にっこりと笑いかけた。



「 全 盛 期 の頃のお話、是非お聞かせ願いたいわ」




______________________________________




栞「 全 盛 期 、さぞやスイートなお話なんでしょうね」

優馬「い、いや……その、栞さんってば。ピリッとスパイシー? みたいな?」

栞「一旦汗を拭こうか」

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