第85話 スパルタン優馬
目の前の炭火焼きグリルでは、肉が美味しそうに焼けている。ジュウジュウと音をたて、香ばしい匂いが立ちのぼる。
「焼肉とか、久し振りだ。ほんとにいいの?」
「おう、任しとけ。栞から軍資金も貰ってる。どんどん喰え」
言いながら、優馬は陽の皿に焼けた肉を放り込む。
「天本さんも心配してたぞ。最近食が進まないみたいだって」
口一杯に肉を頬張り豪快に噛み砕く陽を見て、優馬は少し安心した。今日玄関のドアを開けたときの覇気のない憔悴気味の表情から、幾分復活している。
グリルに肉を敷き詰め、皿が空いた傍からどんどん載せていく。
「ちょ、優馬さん。わんこ状態。わんこ焼き肉」
「いいからさっさと喰え」
外はまだ明るい。夕食時までにはまだだいぶ時間があるので、店内に居る客はほんの数組だ。
少し離れたテーブルの客が、こちらをチラチラ見ている。テーブル一杯に皿が並んでいるのが可笑しいのだろう。
「野菜は? 頼まないの?」
「要らん。男なら肉だ。野菜なんて、女と一緒のときだけで充分だ」
「ご飯は?」
「米は食ってヨシ。肉、コメ、ビール! 肉、コメ、ビール! のループ。これぞ焼肉の美学」
そう言いながら、優馬は肉を3枚いっぺんに口に放り込む。
「そういえば、ビールは? 今日は頼まないの?」
優馬は何やらモガモガ言いながら首を横に振った。
「え、何て? わかんない」
苦笑する陽に訴える様に、肉を咀嚼しながら腕を曲げて前後にブンブン振る。
「全然わかんないって」
陽は完全に面白がっている。優馬は急いで肉を飲み込んだ。
「っはーーー。だからね、この後走るから、今日はビール無し」
「……ヤベ。まさかの聞いてもわかんないパターン」
「いいからチャッチャと喰え。外が暗くなる前に出るぞ」
肉の皿を手に取り、グリルの上に肉を全部滑り落とす。適当に広げると、別の皿の肉も同様に焼き始めた。
「それ、豚肉……」
「いいんだよ。牛も豚も一緒に焼いちゃうぜぇ? ワイルドだろ~ぉ?」
「古いよ」
† † †
「で、テニスコートまで走って、その後テニス? 随分スパルタねえ」
「おう。こういう時は、腹一杯喰って目一杯汗かいてぐっすり寝るのが一番だ。散々走り回らせてやって、『風呂入ってとっとと寝ろ』っつって帰らせた。今頃きっとぶっ倒れて寝てるだろ」
「ふふ。明日筋肉痛がすごいんじゃない?」
栞はビールを手渡した。自分は禁酒中なので、ガス入りのミネラルウォーターを持ってダイニングの椅子に座る。
「いや、それがアイツ、結構体力あってさ。『闘う美術部出身だから』とか意味不明なこと言ってたけど。今でもたまに走り込みとかしてるんだって」
「優馬の心配をしてるのよ……って、冗談よ。そんな顔しないの」
栞は自分のお腹を擦りながら語りかけた。
「ユウジくん、嫌ですねえ。パパがいじけておブスになってますよ? おブスなパパは嫌ですねえ」
優しい侍、と書いて、ユウジ。ふたりで散々考えた名前だ。
優馬が急いで栞の前に回り込み、床に正座した。首を伸ばし、顔をお腹に近づけると大きな声で話し掛けた。
「パパはおブスじゃないですよぉ? 優侍くん、パパはカッコいいです。パパはカッコいいです」
「あははは。何で二回言うの。しかも、正座」
「いや、なんとなく。二回言ったのは、大事なことだからです! 子供に『パパカッコいい!』って言われたいんだから、ほら、栞もちゃんと訂正して」
「わかったわよ。パパはカッコいいです。世界一カッコいいんですよー」
「若干棒読みだけど、まあ許す。ママも世界一美人です。クールビューティーですよー」
優馬が正座のまま、栞の膝先に顎を乗せてきた。ふぅ、とか言っている。
(ふふ。犬みたい)
栞は思わず、優馬の頭をポンポンと叩いた。洗いたての髪がフワフワしている。優馬はなんだか嬉しそうだ。
(もし尻尾があったら、きっと千切れそうなぐらい振ってるわね……)
満足げに目を細めている優馬をしばらくポンポンした後、栞は向かいの椅子を指差して言った。
「ハウス!」
† † †
「でさ、栞はどう思う?」
「うーん……優馬の言う、その『違和感』ってのがよくわからないんだけど」
「ああ、俺にもわからない。ただ、あの文面読んだ時に、っても短いメモだけどさ、アレ? って思ったんだよな。キャラじゃないっていうか……」
「敏腕編集者の勘?」
「ん? まあ……うん……」
半分冗談で言ったのに、優馬は妙に照れている。身長180センチ超の男がモジモジとはにかむ姿が可笑しくて、栞は笑いを堪えるのに苦労した。
「まあ、恵流ちゃんも、色んな思いがあるんじゃないかなぁ。他に好きな人が出来たとかでは無いんでしょう?」
「うん。それは無いって。恵流ちゃんに全力で否定されたってさ」
「そう……これは私の邪推なんだけど……」
最近の陽は、環境がどんどん変わってきている。
ブログのアクセス数も飛躍的に増え、描いた絵は片っ端から売れていき、単価も当初の2倍以上に上がっている。
絵の注文などを通じて煌月カレンに引き合わされた知人・友人達との付き合いも増え、華やかな場所に連れ出されることも増えてきた。そういった機会には恵流も誘ってはいたが、仕事の都合などで毎回参加出来るわけではない。
階段を駆け上がるみたいに突き進む陽に、気後れする部分もあったのではないか。
「……それで、自分もうんと頑張って、成功したい! 早く追いつきたい! って思ったんじゃないかなあ、って。最近恵流ちゃんのWEBショップ見た? すごい作品数上がってるのよ。クオリティも高いし」
「そっかぁ。じゃあ、あの違和感は、本意じゃない文章だったからなのかなあ。何も別れなくてもなあ……でも、転勤じゃしょうがないか……」
優馬はまだブツブツ言っている。余程お気に入りのカップルだったのか、もしくはそれほど陽くんのダメージが大きかったのだろうか。
「ま、生きてれば色々あるわよ。まだ若いんだから。心配なのは分るけど、あんまりお節介焼くのもどうかと思うわよ?」
煌月カレン本人の影響については言い出せなかった。きっと恵流ちゃんも言われたくないだろうし、そもそも自分が勝手に思っているだけのことなのだ。
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優馬「闘う美術部って、お前……取材の時には『何にも話す事無い』とか言ってたくせに! いいネタ持ってんじゃねーか!」
陽「ネタって言うな」
優馬「出せ! まだなんかネタ持ってんだろ!出せ〜!オラ出せ〜!」
陽「恫喝を球に込めるの止めてください」
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