第80話 衝撃の悲劇
………
何よそれ。
何よそれ、何よ、それ………
「ちょっと待って。ごめん、理解出来ない」
アヤは思わず立ち上がって、茫然と恵流を見下ろした。
こういうのを、青天の霹靂というのだろう。さっきの豆鉄砲といい、今日はやたらと活きた諺を実感する日だわね………って、駄目だ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
(落ち着いて、落ち着いて……頭の中を整理して……)
心を鎮める時の癖で、アヤはしきりに前髪を斜めに流し撫で付けている。
恵流はそんなアヤから目を逸らし、俯いて乱暴に目元を拭うとハンカチを握りしめた。
先ほどのアヤのように、伸ばした足の先を眺めながら淡々と言葉を継ぐ。
「だからね、わたし、死ぬの。スキルス性胃がんだって。あちこち転移してて、手術も出来ない。余命は……もって一年。早くて半年」
「……」
……何か言わなきゃ。でも、言葉が出てこない。相槌さえも。
だが恵流は、アヤの返事を待つことなく話し続けた。
「アヤさんにはね、もっと早く言うつもりで居たの。でも、自覚症状も全然無いし、なんだかまだ実感が無くて……自分の中で整理がついてから、話そうと思ってた。
でも私、やっぱり吐き出したかったみたい。ううん……むしろ言葉にする事で、少しずつ整理出来るのかも、しれない」
恵流は静かにひとつ深呼吸をしたが、その息は震えていた。
オロオロと所在な気に髪を直しながら、アヤは焦っていた。何か、何か言わなきゃ……
「あ、あの、さ………変な例え話なんか持ち出しちゃって……ごめん」
思わず吹き出した恵流は、次の深呼吸に失敗した。
「フッ…ケホッ、ケホケホ………ソコ? ソコ来る?」
「あー……ごめん。ビックリしちゃって」
ひとしきりクスクス笑うと、恵流はため息混じりに呟いた。
「なんか、笑ったら力抜けた」
アヤはいつの間にか、自販機に手をついて自分の身体を支えていた。
額の辺りが冷たくなって頭がグラグラするので、そうしていないと倒れそうだったのだ。
「ねえ、アヤさん」
自分を見上げる恵流の目を、そのまま見返す。
「急で悪いんだけど、今日おうちへ行ってもいいかな。話したいんだ……」
「もちろん。いらっしゃい」
力強く答えたつもりだったが、その声は僅かにうわずっており、動揺を隠せていなかった。
† † †
「これが、煌月カレンさん」
ちょっと、見て。テーブルに着くなりそう言って恵流が見せてきたのは、携帯に保存した写メだった。
よく見ると、雑誌かパンフレットに掲載された写真を、さらに撮ったもののようだ。
「例の舞踏家さんか。綺麗な人ね」
「うん。綺麗で、強くて、才能があって、自信に満ちあふれた人」
恵流は目の前の皿に取り分けたオードブルをフォークで突ついている。
「陽はね、その人を好きなの」
「え」
「前に相談したでしょう? あの不安が、的中しちゃったみたい。でも、今はまだ、本人も気付いてないかもしれない。あの人、そういう方面もっっのすごく鈍いから」
恵流は苦笑したが、これまでの経緯を知っているアヤにしてみれば苦笑どころの話ではない。
「とにかく、現在進行形で惹かれていってる。で、彼の作風に強く影響を与えてる」
「そんな……気のせいとかじゃ、なく?」
恵流は静かに首を振った。
哀しみを押し殺したその表情を見て、アヤは軽率な発言を後悔した。
「今朝、実際に絵を見て確信した。気のせいなんかじゃないよ。私、ずっと陽を見てきたんだもん。わかるよ……」
彼女、煌月カレンと初めて対面した時のことを、恵流はポツポツと話し始めた。
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