第74話 ふたりは今日も楽しそうです
待ち合わせの改札口を出てすぐの売店で、商品を選ぶふりをしつつ涼んでいると、陽が出てくるのが見えたので、優馬は店を離れた。
「よーう! 久し振りぃ! ……あれ? 恵流ちゃんは?」
「仕事。新人は土日休み取れないんだって」
なんだよ、と優馬は下唇を突き出した。
「久々に会えると思ったのに」
「久々って、4月末に会ったじゃん。夏蓮さんの舞台の時」
「そうそう、夢遊病者みたいになったお前を恵流ちゃんが送って行ったあの日ね」
「夢遊病者で悪かったな」
近くのスタンドバーに入り空いているテーブルに荷物を置くと、優馬はそこに陽を待たせて、カウンターへ向かう。戻って来た優馬の両手にはビールのグラスがあった。
「付き合え。祝杯だ」
「祝杯? 何の?」
優馬は妙にソワソワしている。
「えーと……その、アレだ。まず、お前の大作の成功に。カレンさん、大喜びだったよ」
「あ、ありがとうございます」
グラスを合わせて乾杯すると、優馬は半分ほどを一気に飲んでしまった。テーブルの上のバッグから真っ赤な紙袋をふたつ取り出し、陽に手渡す。
「これ、カレンさんのパーティーで預かって来た。招待客への記念品、お前と恵流ちゃんにだって」
「え、優馬さん行ったの?」
「おう、栞と二人で。なんだよ、知らなかった?」
頷きながら、陽は紙袋を覗き込んでいる。
「割れ物だから気を付けろよ」
「中身何?」
「んー……なんかお菓子と、フォトフレームと一輪挿しが一体になったやつ、って今見んのかよ。恵流ちゃんと一緒に見ればいいのに」
「あ、そっか。うん、そうする」
小さな紙袋をふたつ、キャンバスのトートバッグに仕舞う陽をを見守りつつ、優馬はコースター代わりの紙ナプキンの隅を捻っている。
「すごいパーティーだったよ。有名人も結構来ててさ。俺、ちゃっかりSNSで繋がっちゃったもんね」
「さすが人脈モンスター」
「お。新たな称号がまた一つ」
優馬がニヤリと笑ってみせる。
「お前の絵も大好評だったよ。なんか、大々的にお披露目してさ。カレンさんと藤枝さんが、かわるがわる熱弁して」
「熱弁?」
「そうそう。どのシーンを描いたかとか、描き方のテクニックやら解釈とかな」
「へえ、嬉しいな」
「……へえ、じゃねえ。相変わらず暢気だな。あの藤枝って人、絵の説明なんかはやっぱ上手いわ。表現が的確で、わかりやすい。今後も付き合っといた方が良いぞ」
「ああ、うん」
「また、絵の客を紹介してくれるってさ。あ、交渉の際にはちゃんと相談しろよ」
「わかった。で?」
「ん?」
「さっき乾杯のとき、『まずは』って言ったじゃん。他にもなんかあるんでしょ?」
「ああ、うん……まあ」
「バレバレなんだけど。さっきから落ち着き無いし」
言われて優馬は背筋を伸ばし、もったいぶった声で発表した。
「えー……オホン。私事で恐縮ですが。ワタクシ木暮優馬。この度、父親になることが判明しましたっ!」
グラスの縁を咥えたまま動きを止め、目をまんまるにして見つめてくる陽に、優馬はニカッと笑って片手を上げる。
陽は一気にビールを飲み干すと音をたててグラスを置き、思いっきり優馬の手を叩いた。そのままカウンターへと走っていくと、両手にビールを携えて満面の笑みで小走りに戻って来た。
ぐい、とビールを優馬に突き出す。
「付き合え! 祝杯だ!!」
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優馬「今、栞は飲めないからさ~。外でこっそり飲むんだ」
陽「えー、栞さんかわいそう。言いつけよっかな」
優馬「ダメ!いや、『私から見えないところで飲むならいい』とは言われてるんだけどさ、でもやっぱ言わないで!」
陽(なんか弱みを握った気がする……)
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