第73話 フラッシュバック
つい、自分の体験を踏まえた説教をしてしまった。
我ながら、ちょっと強引だったと思う。
恵流の不安を「ヤキモチ」と断定し、それを「陽に悟られる恐怖」と結論づけてしまったのは、果たして正しかったのだろうか。
最初、恵流は「怖い」と言っていた。そして、何がどう怖いのか自分でもわかっていなかった。
で、あの夢の話。
不気味な夢だった。恵流から話を聞いた時、正直ぞっとして、背中に冷たい嫌な汗が滲んだ。
滴る血で描いた絵が散乱している薄暗い部屋。黒と暗い赤に満たされた不吉なイメージ。
それでいて、妙に美しく甘美で、退廃的な雰囲気さえ感じられるのが余計に恐ろしくて、早く決着を付けたかった。藁をも掴む気持ちで夢判断を調べ、その結果に縋ってしまった。
***
「恵流の血は、綺麗な赤だね」
陽がそう言って、恵流に優しく笑いかける。
痛みは全く無い。恵流はその間、途方も無い幸福感に満たされながら、自分の血で描く陽を微笑んで眺めているのだ。
***
電話中に浮かんだ強烈なイメージが、フラッシュバックする。
引き抜いた恵流の指から滴る血を、小さく音をたてて舐め取る大月陽。
両の口角だけを吊り上げてにっこりと微笑むその唇に恵流の血が滲み、緋色に染まる。その唇を、こちらも緋く染まった舌先が覘き、ちろりと舐める。
恵流はその傍らで恍惚とした表情で微笑み、両腕から血を流しながらそれを見守っている。
紅に彩られた昏い部屋には、血の滴る音と紙の上を緋く染めながらさらさらと走る筆の音だけが、微かに響く……
なんておぞましく不気味な映像だろう。しかし、その中に悪魔的な魅力を感じてしまう。
まるで、毒薬が入った美しい瓶を見せられているみたいだ。恐ろしいことだと分っているのに、どうしようもなく美しい。
そんな風に感じてしまう自分に戦慄し、固く目を閉じる。
口の中に嫌な味のする唾液が広がった。
目を閉じたまま、アヤは無理矢理恵流の話を冒頭から思い返し、辿ってみる。
私が下した結論は、もしかしたら性急に過ぎたかもしれない。でも、あの話の流れで、他のアドバイスが出来ただろうか。私にはわからない。
でも、とまた、アヤは思う。
そう的外れではないはずだ。多分。きっと。
そう思いながらもやはり、何かが気になる。もやもやとした薄気味悪さが残るのだ。
アヤは、口の中の嫌な味と一緒に不気味な美しいイメージを流し去ってしまおうと、残りの缶チューハイを飲み干した。
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恵流「わたし常々、気体か液体になって陽の身体に浸透してしまいたいとか皮膚や内臓が癒着融合して陽と一体化したいとか思ってるから、それが夢に出ちゃったのかなぁ」
アヤ「アンタまた、そんなチョウチンアンコウみたいな……しかもツネヅネ思ってるとか」
恵流「チョウチンアンコウの話、知ってる!すごいロマンティックだよね〜 (人´ω`*)♡」
アヤ「アンタとあたしのロマンティックは完全に別ものだわ」
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