第62話 負ぶわれる理由
「これ、ほんとにいいの ?栞さんは、何て?」
少し早い夕食を終えたふたりは、ノートPCの画面を覗き込んでいる。
キッチンのシンクの水切りカゴには、既に洗った食器とフライパンが立てかけられていた。
「いや、栞から言い出したんだよ。どうせ処分するにも費用がかかるんだから、使う人がいればあげちゃえば? って」
「そっか」
「こっちはビールひとケース貰ったうえに、処分費用が浮く。お前はPCが手に入る。万々歳だ」
「ありがたーい」
「まだ綺麗ではあるけど、型落ちだしスペック高くないけどな。ブログやるぐらいなら、これで充分だろ」
シンプルなデザインのトップページ。
『大月 陽のブログ』という直球過ぎるブログタイトルの下にあるメッセージボードには、挨拶文と簡単なプロフィール紹介。
その下には各カテゴリーごとの記事やメールフォームに飛べるアイコンが設置されており、その下に最新記事が表示される様になっている。極めてシンプルな構成だ。
優馬は「ギャラリー」と書かれているボタンをクリックした。スクロールしていくと、簡潔な紹介文と共に陽の絵が次々に表示される。
最新の作品は、「HEAVY DOOR」の壁絵2点だ。
もちろん優馬と栞の結婚式の絵も、両者の了承の元に掲載されており、そこにはシンプルに「結婚式・油絵10号」とだけ記されている。
「それにしても、恵流ちゃん凄いよな。学生のうちからウェブショップとか」
「うん。なんか、そういうサイトがあるんだって。無料でショップ登録出来て、売上げたら手数料払うんだ」
「なるほどねえ。店の名前は?」
「MWM。メンバー3人の頭文字だってさ」
「どれ、検索してみよ。エム・ダブリュ・エムね……」
カタカタと入力すると、すぐにショップのトップページが表示された。
「ほうほう……ほえー……凄いな。ちゃんとしてるわ」
「だよね。少しだけど、もう売上もあるらしいよ」
「おお、これなんか栞が好きそう。教えてやろ」
革雑貨、ガラス製品、布小物のページと、優馬は次々に開いていく。
「アパレル系の雑貨屋に就職したんだけどさ、現場でデザインとか流通とか勉強しながら、ゆくゆくは実際のショップを持ちたいんだって」
「まじか。将来設計しっかりしてんな」
「うん。ちょっとビビった。すげえ! って」
「で、その流れでお前もブログか」
絵画専用のネット通販サイトではなく、個人ブログにしたのも、恵流の提案だった。
陽の場合、サイトに登録するには作品数がまだ少ないし、何より自分のブログの方が、作画の過程を載せたり仕事の受注も出来たりと、自由度が高い。
『陽には、制約とか決まり事が少なくて、シンプルなやり方が合ってると思う。めんどくさがりだし』
恵流に言われたことを話すと、優馬は吹き出した。
「流石恵流ちゃん、しっかり把握してるわ」
「うん。俺もう、全く頭上がんない。恵流んちのパソコンでブログまで立ち上げてもらってるし、なんかランキングの参加とか? 全部チャカチャカってやってくれたし」
「おんぶに抱っこか」優馬は笑って、目の前のノートパソコンを指差した。
「でもこれで、更新は自分で出来る様になったじゃん」
「そのパソコンも、優馬さんに譲ってもらったわけですが。なんか俺さぁ、あちこちでおんぶされてばっかな気がする。ちょっと情けないよね」
一瞬混ぜっ返そうとした優馬だったが、思い直してPCを閉じ、力なく笑う陽に向き直った。
「お前ね、そんな顔すんなよ」
「ちょっと前までのお前ならさ、『めんどくさい』とか言って、ブログなんてやらなかったろ? 絵だけ描けりゃいいって、宣伝とか自己プロデュースとか億劫がってさ。それが最近、やっと積極的になってきたから、周りも手伝おうって気になるんだろ?」
「そうなの?」
「そうだよ。だから今のところは、ありがたくおぶさっとけ」
わかった、と素直に頷くと、陽は深く頭を下げた。
「色々ありがと。お世話になります」
「お? ……おう」
虚をつかれ一瞬口籠った優馬は、PCの電源を切ると乱暴に陽に突き出した。
「ほい。接続とか使い方とかわかんなかったら電話しろ」
「うん」
ソファの横に置いたバッグにPCをいそいそと仕舞っている陽を横目に、ぼそっと呟く。
「こういうとこなんだよなぁ……」
陽がくるりと振り向いた。
「ん? いま何か言った?」
「何でもねえよ、ばーーーか」
いきなりバカ呼ばわりされた陽は訳が分からず、怪訝そうに眉を顰めた。が、しらんぷりしてビールを飲んでいる優馬を見て追求を諦め、バッグの中身を慎重に調整する作業に戻った。
† † †
グラスの中の氷が、カラン、と音をたてる。
優馬はグラスに浮かぶレモンを指先で摘み、ウイスキーに果汁を絞り入れると、その残骸を再びグラスに突っ込んだ。
隣でソファの背もたれに埋まっている陽は、ウイスキーをトニックウォーターで割った物をチビチビと飲んでいる。
「お前、ウイスキー飲む様になったんだ。つか、それ結構美味そう」
「Takさんとこの描いてる間、ちょっと飲んでた。ドア開けっ放しで寒かったからさ。トニックウォーターは前から好きで、普段から酒無しで飲んでる。味が好きなんだ」
背もたれに埋まったまま、陽はグラスを差し出した。
「はい。ひとくち飲んでみる?」
優馬はそれを受け取り、泡の立つ淡い色の液体を飲んだ。
「うん、悪くない」
グラスを陽に返す。
「それでバッグからトニックウォーターが出て来たのか。やたら用意がいいと思って驚いたわ」
「シュウェップスのトニックウォーター最強。恵流も嵌まって、最近うちにジンやらウオッカやらが増えた。俺、酒あんま飲まないのに」
グラスの縁を咥えたまま、陽がクスクス笑う。多少酔っているのか、目尻がほんのり赤くなっている。
「恵流、めっちゃ酒強いし。あれ? ってか、俺が弱いのか」
優馬はグラスを手に肘掛けにもたれ、、左ひざに乗せた右の足首を意味も無くぐるぐる回しながら、音量を落としたテレビをぼんやりと眺めている。
「恵流ちゃんって、わりと意外性あるよな。あんなちっちゃくてフワフワした見た目なのに、しっかりしてるし。おまけに酒強いとか」
「うん。それになんか結構アクティブだし。こないだ遊びに行った時なんか、花火持って走り回るし、アスレチック見つけて大喜びでやってたし、見よう見まねでテニスやったり。しかも上手いし」
「なんだ、テニスなら俺が教えてあげられたのに」
「え、優馬さん、テニスも出来んの?」
「おう。バイトでインストラクターやってた」
「ベースにバスケにテニスって。どんだけ多趣味だよ」
「しかも、モテそうなのばっかな」
陽は手の甲で目を擦りながら笑った。
「ほんとだ。滲み出る必死感」
「偶然です!」
「と言い張る……」
「本当です。テニスはスポーツクラブの受け付けやってたら誘われて、なんとなく流れで教える側に……ま、モテたのは事実だけど」
「………」
「おい、シカトすんな」
「………眠い」
「自由か。お前は自由か」
優馬は時計を確認しつつ、眠た気に目をゴシゴシ擦る陽を気遣う。
「泊まってくか?」
「ん……いや、帰る。栞さん、そろそろ帰って来るんだよね」
「あと1時間くらいだな」
「じゃあ、お礼言っといて下さい」
「おう」
陽はグラスの酒を飲み干すと、眠気を払う様に弾みを付けてソファから立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
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「おぶさっとけ……あれ?おぶられとけ?おぶされ……?やばい、訳わかんなくなってきたw 飲み過ぎか」
「おぶされ、おぶら………ほんとだ、こんがらがった。わかんないwww おぶ、おぶおぶおぶおぶ……ばははははは!!!」
「ちょ、おま……阿呆w」
「やばい、腹痛い! こんなくだらないのに、なんで面白いんだろ? おぶおぶおぶ……www」
「そりゃ、酒飲みの深夜のテンション、っつってな」
「うくくくく……深夜のテンション、ヤバいね。ハァ、面白かった。おぶおぶ」
「おぶおぶ言うな。ヤバい、遅れてキタww」
「もう眠いから帰るねー」
「おい待て、置いてけぼりやめてw あの野郎、マジで帰りやがった。くそう……おぶおぶおぶ………プッ!プププププ!」
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