第61話 皿上の攻防

 15分後、大きな皿に山盛りにされた焼うどんが湯気を立てていた。匂いにつられてキッチンまで入ってきた陽が、優馬の背後から覗き込む。


「すげえいい匂い。美味そう」

「だろ。優馬さん特製、漢の焼うどんです。よし、運べ」

「ラジャ」


 豚肉や野菜たっぷりの焼うどんの大皿を両手に掲げ持ち、陽は対面式のカウンターを回り込んでダイニングテーブルへ向かう。

 優馬は鼻唄混じりで冷蔵庫から新たなビールを2本、青のりとマヨネーズをカウンターに直に並べた。箸を2膳握ってテーブルに辿り着くと、それぞれの皿に箸を添え、自分の席に着いた。

 栞ならば、全てまとめてトレイで運び、箸は箸置きに置くところだ。


「青のりとマヨネーズはお好みで」


 言いながら、優馬はジッパー付きの袋から直に青のりを振りかけると、陽に手渡した。陽も優馬に倣い、青のりを振りかける。湯気の中でウネウネと踊っている鰹節の上に、濃い緑色が広がる。


「ん」


 優馬が手を出すので、陽は青のりの袋を返した。

「あい」


 ジッパーの淵を何度か慎重に爪で弾き、きっちりと袋の口を閉じる。


「綺麗にしとかないと、栞に怒られるんだ。『だから瓶に移してから使えと言うのに』って」

「あはは。見たい。優馬さんが怒られるとこ、見たい」


 優馬はマヨネーズのチューブを取ると、パチンと蓋を開けた。


「こえーぞ。怒鳴ったりとかしないし、口調は穏やかなんだけどな。なんであんなに怖いんかな。お前だったら泣くね。泣いちゃうね」

「泣かねーし。ってか栞さん、そんなに怖いの?」


「まあな。怖いっつーか、逆らったらヤバいって感じを出してくるんだよ。まあ、一度本気で怒ったとこ見てるから、どんだけ怖いか知ってるしな」


 おそらく、プロポーズの際の病院屋上でのことを言っているのだろう。

 優馬は細い口金から自分の皿にグルグルとマヨネーズを絞り出し、また陽に手渡した。


「うげえ。優馬さん、マヨラーってやつ?」

「いや、そうじゃないけど。これには、マヨが合うんだよ。騙されたと思ってやってみ?」


 陽はいぶかし気な顔で逡巡していたが、皿の隅に少しだけマヨネーズを絞り出した。


「あ、お前! 俺を信じてないね? 貸せ、みみっちい野郎だ」

「なんだよ、止めろよ! お好みで、って言ったじゃん。いいから! 俺はこれぐらいで」


 マヨネーズの奪い合いに辛くも勝利した陽は、優馬の手の届かない場所にチューブを隔離した。


「全く、いつまで遊んでんだよ。料理が冷めるだろうが」

「誰のせいだよ」


 悪態をつきながらも、揃って手を合わせる。


「いただきまーす」


 大きく一口頬張った瞬間、くぐもった声で陽が叫んだ。


「何これ、美味あい!」

「口に物を入れたまま喋るんじゃありません」


 そう言う優馬も、めいっぱい頬張って口をモゴモゴさせている。飲み下しながらビールを開けると、一気に煽った。


「っかー! やっぱ美味いわ。俺天才だわ」

「マジで美味い」


 陽は最初の一口をあっという間に飲み込むと、続けざまにまたかき込む。その食べっぷりに優馬は満足気に微笑み、得意気に言った。


「お好み焼きのソースをベースに、焼肉のタレ甘口が隠し味です」

「いや、隠れてないけど」

「焼肉のタレは万能なり」

「わかる。焼肉のタレとめんつゆがあればなんとかなるよね」

「おお、同志よ。お前、わかってんじゃん」

「親父が居たときは、俺が料理担当だったし。ってか、家事全般担当だね」


 喋りながらも、陽の皿からは早くも3分の1ほどが消えていた。

 陽にしては珍しく、ビールを一気に流し込む。


「意外だな。お前も料理とかするんだ」

「うん、簡単なものだけ。でも今は、静江さんの賄いがあるからやってないけどね」


 陽は口の端に付いたソースを舌先で舐め取りながら、隔離していたマヨネーズに手を伸ばした。


「やっぱこれ、マヨネーズ合うね」

「だろ?」

「ドヤ顔やめていただけますか」

「やめない。俺の正当な権利だ」


 優馬は陽の手から素早くチューブを奪うと、「うわあ、やめろおおお」という悲鳴を他所に、陽の皿の上にたっぷりとマヨネーズを絞り出した。



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