第59話 リニューアルオープン
リニューアルオープンした『HEAVY DOOR』は、なかなかの好評を博した。
真紅の壁に描かれた自由の女神、凱旋門やエッフェル塔、コロッセオにピサの斜塔、ピラミッドやスフィンクス、パルテノン神殿、涅槃像、大仏、金閣寺・・・
それら世界の建造物のそこここに、様々なジャンルの幾人もの”音楽の神”が見え隠れしている。
空には大きな雲が浮かび、月桂冠を被ったアポロンと竪琴を抱えたオルフェウス、盃を掲げたデュオニソスが歌い踊る。もう一方の小さな雲の上では、弁才天が微笑んでいる。
その他にも、建物の陰から覗いている巨大なネコ、細く曲がりくねった道を走る古い型の車、マンホールから顔を出すピエロ、針の無い懐中時計‥‥また、様々なモチーフを写したスナップ写真があちこちに描き込まれていたりと、精巧で緻密な画風ながらも、何でもありのポップな世界感を展開している。
大きく歪んだ形の白黒の市松模様が、ごちゃごちゃした壁一杯のコラージュのアクセントになると共に床との調和をもたらしているのだが、同時に、一瞬視界が揺らぐような効果も与えていた。
絵の中央にまっすぐに伸びる道の突き当たりには、美しいレリーフをあしらった重厚な壁が僅かに開き、光が漏れている。
見る者によっては悪趣味とも取られかねない絵だったが、奇妙に目を惹かれるその世界は客には好評だった。
当初の目論みどおり、自分のお気に入りのミュージシャンを見つけるのに躍起になって何度も店に通う者、またよくよく観察しなければ見つからないような、小さなネタやモチーフを発見しては喜ぶ者も多かった。
壁絵と同様に好評だったのが、トイレの前の壁に描かれた絵だ。
店の奥にある狭い入り口を入ると、数々のポスターがいくつかのダウンライトに照らされた短い廊下があり、すぐ右手が厨房への入り口。少し進んで突き当たり左側の入り口がトイレになっている。
この廊下の突き当たりの絵は、思ったよりだいぶ早く仕事が済んでしまったため、陽がサービスで描いたものだ。
壁の右手には無機質なビル群。
最も手前のビルの入り口付近に、スキニージーンズに海老茶色のブーティーを履いた女性の下半身のみが立っており、胴体の切断面からはおがくずが零れ出している。
その女性の後方には、グレーのスーツの男性が途方にくれたような、また絶望しているような表情で立ち尽くしているが、その両腕と上半身は胸の辺りまでズボンの中にめり込んで埋まっていた。足元にはやはりおがくずが零れている。
ビル群の隣には半円形の狭い草地があり、その上空に、まるで時空の裂け目の様に、白黒の歪んだ渦巻きが浮かんでいる。
その左手には鬱蒼と茂った木立が広がる。原っぱと木立の境目に、娼婦のような赤いミニドレスにピンヒールという格好をした金髪の女性が立っているが、よく見るとそれは女性の姿を模した立て看板だ。
木立の奥の枝には、腕時計を咥えたワシミミズクが止まり、鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
右手のビル群の空は明るく晴れ渡っているが、左手の木立上空に近づくにつれ、どんよりと不吉な雲が垂れ込めていた。
この絵は、陽がある日にみた夢をそのまま描いたものだった。
優馬経由で旅行中のTakに話してみたところ、二つ返事で了承してくれたのだ。
結果、店で暴れる客が減ったらしい。
飲むよりも壁絵に気をとられるものが多いことに加え、トイレ前の絵で妙に不安な気持ちになって、若干酔いが冷める、との評判だった。
客が客を呼び噂が広まると、従来のライブ打ち上げやバンド関係者以外の客層も来店し始めた。再オープン後数ヶ月で、店は様々なタウン誌や旅行ガイドに大きく紹介されるまでになっていた。
電話口で懐かしい名前を耳にしたのは、そんな春先のことだった。
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