第54話 昔の話


 結局営業時間ギリギリまで雑談し、陽と優馬は店を後にした。

 陽はほとんど酒を飲まなかったが、優馬は軽く酔っぱらっているのか、頬が上気している。


「いやぁ、楽しかった。俺、開店前にあの店に入ったのは初めてだったんだよね。いつもたくさん客が居るからさ、あんまり長くは話せなくて」

「あの焼き飯、昔も良く喰わせてもらったんだよな。タコライスならぬ、Takライスとか言ってさ。懐かしかったよ」

「ギターもベースもなぁ、いい音だったよな。あの人、演奏もそうだけど、楽器選ぶのとかメンテとかもすげえ上手いんだ」



 頭の中は絵のアイディアでいっぱいな陽の適当な相づちにも関わらず、優馬は上機嫌で話し続けている。


「なんか、昔と全然変わってないし。普段は標準語なのに、地元の知り合いと話してると方言出ちゃうのも、そのまんま」


 ニコニコしている優馬に、陽が訊ねた。


「地元って、どこの人なんですか?」

「ああ、九州ほぼ全域と広島、山口なんかを転々としてたらしい。だからいろんな地方の方言がごちゃ混ぜになってるんだ。俺が会った時は山口に住んでたな」

「優馬さんって、山口出身?」

「いや、俺は岡山に住んでた。あれ、言わなかったっけ?」

「聞いてない。こっちの人だと思ってた」


「そうだっけか」優馬は後頭部をポリポリと掻いた。


「俺、もともとこっちなんだけど、小児ぜんそく持ちでさ。小学校から高校卒業まで、俺だけ岡山のじいちゃんのとこで育ったのよ。で、中学からベース始めて、高校の時にライブでTakさんと知り合って。可愛がってもらった」


「ベースやってたのも、今日初めて知ったし」

「まあ、だいぶ前に止めてたからな。プロ目指してたとかじゃないし。Takさんのバンドは当時既にデビューしてたけどな。んで、大学で上京してからはずっと会ってなくてさ、Takさんは何年か海外で仕事してたらしくて。最近になって、Facebookで連絡取れたんだよ」


「そうなんだ」

「当時さ、一回りも年が離れてるんだけど、Takさんも小児ぜんそくだったって話で盛り上がって、なんか仲良くなってさ。酔っぱらった勢いで、一緒に『ブルードラゴン』ってユニットやろうぜとか言って。あ、『小青竜湯』って小児ぜんそくのにっがい薬の名前に因んだんだけどな」


「ブルードラゴン……なんか、微妙」

「そうそう。ダッセーの。うっかり実現してたら確実に黒歴史だよな、っつってまた大笑いして」


「……青い龍、描こっかな」

 陽がニヤリと笑いながら呟くと、優馬は盛大に吹き出した。


「ヤバい、鼻水でたわ。描け、描け。面白い」




 帰りの道中、優馬はしばらくの間「青い龍にはジャコ・パストリアスを跨がらせろ」だの、「コージーはサーブ9000に乗せろ」だのと訳のわからないことを次々に捲し立てていたが、別れる段になってふと思い出した様に声を上げた。


「忘れてた。お前に渡す物があるんだわ」

 言いながらバッグの中をゴソゴソと探り、目的の物を見つけた。


「これ、恵流ちゃんに。遅くなったけど、クリスマスプレゼント」

「恵流に? 何?」


 親指ほどのサイズの、小さな箱を陽の手に握らせる。


「内緒。恵流ちゃんに聞けよ」


 怪訝な顔の陽に、優馬はニヤッと笑いかけると、「じゃな」と立ち去った。


 雑踏の中、後ろ姿でさえ鼻歌交じりなのがわかりそうな優馬の背中が、駅への階段へと吸い込まれて行った。




(優馬さん、あれは絶対に何か企んでる顔だな……)


 陽は眉根を寄せ、怪訝な表情のまま手の中の小さな箱を見つめた。




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