第46話 大人のやり口
「なんか、思ってたのと違うんだけど……」
「奇遇だな。俺もだ」
早朝、車で連れて来られたのは、閑静な住宅街の一角にある瀟洒な建物の前だった。
狭い道路に面した洒落た作りの鉄製門扉が半分開かれ、玄関までの短い小道が続く。開け放たれた玄関扉の奥から、幾人もの動き回る気配が窺える。
「ストリートスナップって、その辺の道っ端で撮るヤツじゃないの?」
「だよな」
「そこのふたり! 突っ立ってないで、運ぶの手伝って」
運転席から降りて来た芹沢が、ふたりに声を掛けた。素早く車の後部へ回り、トランクを開ける。
優馬は戸惑いながらも歩み寄り、陽の絵を受け取った。
「あの、芹沢さん? 撮影って、ここで?」
「あー……うん」
「ここって所謂、ハウススタジオってやつですよね?」
肩から下げたカメラと機材をゆさゆさと揺らしながら、菅沼が車から降りて来る。
「あれだよ。ストリートで撮った素人の中から選ばれた数人が、特別にスタジオで撮影~っていう体でさ。でも実は、最初からモデルは決まってるってね。よくある話」
未だ門扉の前につくねんと立ち尽くしている陽の肩を、大きな手でポンと叩いた。
「先にスタジオ、後で路上で撮るから。よろしくね」
そう言いおいて、門扉の隙間から身体を滑り込ませると小道の奥へと消えて行った。
「陽、行くぞ」
両手に陽の絵を掲げた優馬に肘で突つかれ、陽は怪訝な顔で振り向いた。
「……優馬さん、まさか、俺を売った?」
「馬鹿か、人聞きの悪い。俺だって今知った。こんな大袈裟なことになってるとはな。大人って、やり口が汚いよなぁ」
汚い、とか言っている割に、随分と呑気な口調だ。
「ま、しょうがないじゃん? 腹括れ」
† † †
「うううううう……首が痒い手首が痒い頭が臭い」
撮影の合間の休憩中ずっと、部屋の片隅で、陽は優馬に向かって呟いていた。
髪を切られ何着も服を着替えさせられ、かなり不機嫌になっている。
「まあまあ、もうちょっとだから。ほら、今だけでも上着脱げば」
撮影スタッフが忙しなく動き回る中、陽は上着を脱いで優馬に手渡した。
襟元から人差し指を差し入れて首の周りを掻いていたかと思えば、ウエーブをつけられた毛先を引っ張り、匂いを嗅いでは鼻に皺を寄せている。
「大月さん、あんまり髪いじらないで下さい」
若い女性スタッフに叱られる。先ほど陽の髪を切った女性だ。
部屋に入るなり鏡の前に座らされ、後ろで括っていた髪をほどかれた。手櫛で髪を梳きながら無表情で「これ、自分で切ってます?」と聞かれ、認めると「ちょっと整えますねー」と、問答無用で髪を切られたのだ。と言っても、毛先を整えた程度だったが。
陽はただ、されるがままに呆然と座っているしかなかった。
いきなり髪を切られた事と、その間の無表情が尾を引いているのか、この女性に少し苦手意識を持っている様子だ。
叱られた陽は、「はい……」と呟いて手を引っ込めた。
陽は項垂れたまま優馬に忍び寄ると、優馬の脛を狙って蹴る真似をした。
「おい、八つ当たりすんな」
優馬は笑いながら陽の攻撃を避ける。
「整髪料が臭い。顔が痒い」
ブツブツと呪いの様に呟きながらなおも優馬を蹴る振りを続けていると、カメラを提げた菅沼が近寄って来た。
「相変わらず仲良しだねえ」
ニコニコしながらシャッターを切ったが、ふと、ファインダーから目線を外す。
「あれ、なんかご機嫌斜め?」
陽はいつの間にか優馬の背後に回り込み、壁に額を付けてじっと立っている。優馬は苦笑いで壁に貼り付いている陽を指差した。
「こいつの奇行は気にしないで下さい。野生児なんで、首や手首を締め付ける服が苦手なんですよ。高校の制服も、第2ボタンまで開けて袖のボタンも留めないで着てたって」
「ああ、そうなんだ。まあ、そういうことならみんな脱いでもらっても構わないんだけどね。むしろ大歓迎だよね」
笑いながら言うので冗談だとはわかったが、陽は一瞬ギクリと固まった。
すぐさま振り向いて優馬の腕から上着をもぎ取ると、そそくさと上着を着直しまた壁に貼り付く。
菅沼と優馬が談笑しているのを無視して、陽は冷たい壁に額を押し当て続けた。
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陽「………」
優馬「お、どうした? 急に熱心に観察して」
陽「変な服だけど、一応構造を見ておかなきゃと思って。でもこれ、本当に売り物?」
優馬「しっ! 声が大きい(^_^;)」
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