第40話 掲載記事

 大月 陽(おおつき よう) 22歳。


 父ひとり子ひとりという環境で育ち、幼少の頃から絵の才能を発揮する。

 学生の絵画コンクールなどで度々入賞するも、「絵は趣味に留める」と美術系ではない大学への進学を選択。

 が、高校3年の春、父親の突然の蒸発で進学を断念。現在も勤める木工房に就職。

仕事に興味ややりがいを見い出しつつ、終業後には家で絵を描き、週末には公園等で似顔絵描きをしている。




ーー それでは、早速お話を伺っていきます。


「はい。よろしくお願いします」



ーー 幼少の頃から絵を描くのがお好きという事ですが、何を切っ掛けに?」


「切っ掛けと言えるかどうかはわかりませんが、元々色に対する興味が強かったらしくて、親が試しにクレヨンを与えたら、それ以降ずっと……喋り始める前から絵を描いてたと、よく言われました」


ーー 小さい頃は、主にどんなものを描いてたんでしょうか?


「母親が居なくて、家にひとりで居る時間が多かったので、主に家の中の物ですね。絵本の挿絵や図鑑を真似て描いたり、あと、父親が趣味で撮った写真を模写したり。小学校ぐらいからは、家にある立体の物を、片っ端から描いてました」


ーー ランドセルとか?


「そうですね(笑) でも、最初はもっと単純な、みかんとか、鉛筆とか? あと、カナブンとか」


ーー カナブンですか(笑)


「ええ、カナブン(笑) 時々玄関先に止まってたんですけど、あのメタリックな色が不思議で。どうやって表現しようかと苦心した記憶があります」


ーー その研鑽の結果、小・中・高と絵画コンクールでの数々の受賞に繋がるわけですね。


「いえ、たまたまです。それは、たぶん」


ーー 受賞作品を幾つか見せていただきましたが、中学校までは写実的な絵が多く、高校からは色んなジャンルを描かれてますね。


「ええ。中学までは、学校の行事で描いた絵が勝手に出品されてたんで。写生大会とか、夏休みの宿題とか。『出品したから』って言われて、ああそうなんだ、と」


ーー 高校からは、自分の意思で?


「そうですね。美術部だったので、流れで何となく」


ーー 流れでというのは?


「ええと、絵のテーマは自由だったんで、気に入ったのが描けて、何かのコンクールの日程に合えば出品、って感じです。そういう情報は常に教えられてましたし、実績を作ると部費が増えるんで、なるべく出品しろと言われて(笑)」


ーー なるほど。では、だいぶ貢献されましたね。現在は、出品はされないんですか?


「そうですね。今はただ、描きたいものを好きな様に描いてるだけなんで。あと、あの……コンクールの日程とか、調べるのが面倒で」


ーー あはは。部活では教えてもらえたけど。


「そうなんです(笑) 賞とかそういうのにあんまり興味が無くて、わざわざ調べてまでは……って感じです」


ーー でも、週末にしていらっしゃる似顔絵屋さんでは、絵も売っているんですよね? 賞とか獲ってたら、箔がつくと言うか、宣伝になるんじゃないですか?


「いや、もし獲ってても言わないし(笑) なんか、恥ずかしい」



ーー 何故、似顔絵を?


「お客さんに喜んでもらえるのが嬉しいっていうのと、何より、表情を描く勉強になります。ついでに、絵の具代も稼げるし」


ーー なるほど。画材ってお金かかりそうですもんね。


「そうなんです。今、倉庫の2階の社宅みたいな感じの部屋に住んでいて、家賃が格安で助かってるんですけど、工房に新入りが入って来たらそこを出なきゃいけない。だから、貯金しなきゃいけないんです」


ーー でも、お金がかかっても絵は描くのは止めない、と。


「止めません。っていうか、止められない」


ーー 何故、そんなに?


「面白いから。だって、真っ白なキャンバスの上に、みるみる世界が出来上がっていくんですよ。自分の右腕一本で。目の前の光景とか、頭の中の風景とか、自由自在なんです。わくわくしますよ。楽しくて仕方ない」


ーー なるほど。


「高校で美術部に入るまでは、目の前のものを上手く描くことに夢中だったんです。どれだけ写実的に描けるか。でも、美術部の顧問の先生に『絵なんて好きな様に描けばいいんだ』って言われて。目から鱗が吹っ飛んだというか……」


ーー 吹っ飛びましたか。


「はい。美術館なんかで絵を見ていて、結構宗教画とか多いですよね?それって、実際に目で見たものではあり得ないのに、何故かそこに気付いてなかったんです。ほんと、自分でも意味わかんないんですけど、天使やら悪魔やら不思議生物やらが描かれてる絵でも、『なるほど。上手いなあ、凄いなあ』ぐらいに思っていて。そういうもの、として見ていたっていうか。ああ、なんか上手く言えないな」


ーー ええと、出来上がった作品を見ることと、それを描いた人やその過程を思うことが結びついてなかったってことでしょうか。


「そう、そう。そんな感じです。『あ、そういえばあれらの絵だって、人の頭の中の事じゃん!」って漸く結びついたと言うか。あれです。ヘレンケラーのウォーター!みたいな」


ーー WATERという言葉と水の意味が繋がったという、気づきの瞬間の有名なエピソードですね。


「そうです。たぶん、そういった絵の完成度や世界感が素晴らし過ぎて、自分の意識を描く側に置いた事がなかったんですね。でもそれに気付いた時、もの凄い衝撃でした。俺も自由に描いていいんだ! って。こう、奮い立つと言うか……って、改めて話すと、俺、かなり馬鹿ですね。なんでそれまで気付かなかったんだろ(笑)」


ーー それだけ写実に没頭してらしたということでは?


「あ、優しい。ありがとうございます(笑) で、それからはもう、拍車がかかったみたいになって、描くことにのめり込んでます。楽しくて仕方ない。あ、また言っちゃった(笑) とにかく、顧問の先生には感謝してもしきれません。就職についても、元々、ものづくりとか職人系の仕事に就きたいって思っていて、相談したらこの工房を世話して貰えたし」


ーー 恩師、ですね。足を向けて寝られませんね。


「ほんと、その通りです」



ーー では、これからのことをお聞きします。その情熱の元に、描いてみたい絵や、目標なんかはありますか?


「描いてみたい絵……は、今のところ特に無いですね。あ、いつか大きいサイズの絵を描きたいかな。今、デカいキャンバス置く場所が無いんで」


ーー 絵のテーマやモチーフじゃなくて、サイズですか(笑)


「駄目ですか(笑) ええと、具体的に何っていうのは無いんですけど……見た人の心にずっと焼き付くような、魂を揺さぶるような、身体的に影響が出ちゃうような。いつか、そんな絵を描きたいですね。月並みですけど」


ーー 身体的に、影響?


「ええ。鳥肌とか、目眩、息切れ、動悸、発汗とか。体温の上昇または下降みたいな?あと、夢にみたりとか」


ーー ああ、なるほど。あんまり月並みじゃないかもしれません(笑)


「そうですか? 説明が下手だったかも。言葉にするのって難しいな。絵を描く方が楽ですね」


ーー では、これからの目標は?


「目標……あんまり考えた事無かったな。ええと、仕事を頑張って社長に恩返しします。すごく良くしてもらってるんで。あと、いつか個展とかやりたいかな。今思いついたんですけどね(笑)」





 自分のことを喋るのが苦手と仰っていた大月さんでしたが、絵の事になると瞳が輝いて途端に饒舌になるのが印象的でした。

 絵を描くのが本当に楽しそうで、思わず私も筆を取ってみたくなりました。


 大月さん曰く、「絵は描き方も見方も自由」だそうです。

 芸術の秋。もっと気軽に、描いたり鑑賞したりしてみてはいかがでしょうか。


 ちなみに。

 自画像は描かないのかと伺ったところ、「昔 課題で描きましたが、鏡を見ながら描くうちにどうしても睨みつけるような表情になってしまうので、それ以来描いてません。人相悪いんで」とのことでした。残念。




インタビュー:芹沢周

撮影:菅沼広忠



______________________________________



芹沢「ああああ、もっと書きたかった! 大月くんの半生を、根掘り葉掘り洗いざらい微に入り細を穿ち、この手で!」

菅沼「ああああ、もっと撮りたかった! 密着取材と称して四六時中付け回して、何なら連写で! いやむしろ動画で!」


優馬「ふたりとも、心の声漏れてますよ……」






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