第38話 取材後、車内にて
カチ、カチとウインカーが音を刻む帰りの車内、菅沼はご機嫌な様子で写真をチェックしていた。
「えらくたくさん撮ったわね。公私混同も甚だしいわよ、まったく……」
ハンドルを握り信号待ちをしている芹沢は、助手席の菅沼を横目でジロリと見遣る。
「失礼な。良い被写体があれば、写したくなるのが写真家の本能ってもんで」
「なーにが写真家の本能よ。あんたのお気に入りフォルダが増えただけでしょ」
「まあ、それは否定しない。おまけに、大月くんと優馬とのツーショットもこっそり撮れたし。ラッキー」
「……変態が」
鼻で嗤って言い捨てた芹沢の言葉も、菅沼はどこ吹く風といった風情だ。
「俺は美しいものが好きなだけ。男女問わず」
「嘘だ。彼、結局最後まで撮影に慣れなかったじゃない。あれ、あんたの邪な視線を察知して警戒してたのよ、きっと」
「ヨコシマまで言うか。お前だって人の事言えないだろ。『子供の頃から好きでした』って言われて、ポーッとしてたくせに」
「ポーッとなんかしてないわよ! ……ちょっと、一瞬ドキッとしただけ!」
信号が青に変わり、車はゆっくりと滑り出し左折の態勢。横断歩道を渡る歩行者の群れが通り過ぎるのを待つ。すっかり暗くなった通りには、帰宅を急ぐ人々や繁華街へ繰り出そうとする若者達が溢れている。
「私に言ったんじゃない事は解ってても、正面からあの目ヂカラで言われたら、ちょっとは動揺するじゃない? ほんのちょっとだけど、さ」
「ハイハイ、わかったわかった。あー……でも、その表情撮りたかったなぁ。正面からカメラ目線、撮らしてくんねえかなー」
「それは、望み薄ね………ねえ、真面目な話、彼が撮影苦手なのって、彼の父親の事と関係あると思う?」
芹沢はハンドルを握った人差し指を伸ばし、ハンドルの裏側を軽く引っ掻いた。停車中に考えにふける時の、芹沢の癖だった。
「何、珍しいな。取材内容について俺に質問なんて」
「質問ってほどじゃないけど。写真家としては、どう分析するのかなって」
「分析、ねえ………」
菅沼はがっしりとした顎を撫でた。朝に剃った髭が伸びて、ジャリジャリする。
「母親が出て行ってから写真を止めた父親。それを見て育った息子は撮影嫌いに……って? 穿ち過ぎな上に浅くねえか?」
んん……と、芹沢はハンドルを指でコツコツと叩いた。
「やっぱ、そうか。そうよね。波瀾万丈な半生だから、つい……」
「俺の美しい写真の横に、お涙頂戴みたいなやっっすい文章付けんなよ? しっかりしろ、文筆業」
「煩いな。わかってるわよ、撮影業」
最後の歩行者をやり過ごすと、車はゆっくりと走り出した。
「まあでも、ちょっとわかるけどな。あの子、そう思わせるところがある。しっかりしてるけど、どっか脆いっていうか。微妙にアンバランスに見えるんだよ」
「あんたも、そう思った? 若いからとかイケメンだからとか、そういう単純な事じゃなくて……なんか、引っかかるというか、妙に気にかかるのよ」
「んー……それがひとつの魅力でもあるよな。カリスマ性、ってヤツ?」
「カリスマ性、か……」
前を走っていた大型トラックが車線変更し、道が開けた。二人を乗せた車は加速した。
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菅沼「眼福眼福♡」ホクホク
芹沢(……まあ、確かに)
菅沼「……ふぅ〜ん♪ 写真、あげようか?」ニヤニヤ
芹沢「(イラッ)…………お願いします」
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