第36話 優馬の暗躍
最初の依頼は、意外な事に、絵ではなかった。
「取材ぃ?!」
結婚式の次の月曜。昼休みに優馬からの電話を受けた陽は、耳を疑った。
「そう。つっても、たかだかタウン誌のミニコーナーだけどな」
聞けば、無料配布されている求人誌の見開きページ。毎週、地域の色々な仕事をひとつずつ紹介するコーナーであるという。
「我が街の、新進気鋭のアーティスト! みたいな話で進んでるらしい」
「新進気鋭って……俺、特に目立つ活躍とかしてないし。取材とか言われても、話すことなんか無いよ?」
「んー……じゃあ、『街の芸術家』的な感じでいいんじゃね? とにかく、マヌガッさんが猛プッシュしてるらしくて」
思わず、陽は空いた片手で頭を抱え地べたにしゃがみ込んだ。
「あの人か………」
「取材するにしても、再来週以降だ。俺も同席するから心配すんな。あ、あと、ギャラも出るから……まあ、寸志みたいなもんだけどな」
「いや、ギャラ云々とかどっちでもいいんだけど……あ、待って。社長に聞いてみなきゃ、わかんないよ」
断る口実を見つけた、と思った。が、その淡い期待は、優馬の一言で一蹴された。
「その件で、今からそちらに伺いたいのですが。天本社長にお取り次ぎ願えますか?」
馬鹿丁寧ながらも自信満々のその口調に、陽は覚悟を決めざるを得なかった。
優馬の事だ。絶対に、社長から了解を得るだろう。絶対に。
† † †
怒涛の2週間だった。
優馬からの電話を受けたオヤジさんは二つ返事で仕事場の撮影を了承し、その日から工房内の大掃除を始めた。
陽の仕事中の姿を数カット撮る か も し れ な い と言われただけなのに、工房の中を隅々まで磨き立てなければ気が済まなかったらしい。仕事場どころか資材倉庫の中まで整頓し尽くし、準備万端で当日の朝を迎えていた。
もちろん陽の部屋も、オヤジさんの指揮のもとピカピカに掃除させられていた。
「竹内さん、なにも散髪までしてこなくても……」
「いや、偶々だよ、偶々。伸びてたからさぁ」
「何が偶々だって? 朝から鏡ばっかり見てるくせに」
そう冷やかすオヤジさんも、今日はいつもの作業着の下に、ぴっちりアイロンのかかったワイシャツを着てネクタイまで締めている。
「まあまあ。例え端っこにチラッと写るだけでもね、ちゃんとしてないと。陽ちゃんに恥かかせちゃうし」
普段はお昼から夕方までしか工房にいない静江奥さんも、今日は朝から出勤し、いつもより濃いめに口紅をひいている。
静江の言葉を聞いて、いつもは寡黙な村松まで作業着についた小さな染みを擦り始めた。
「あの、皆さん。ほんとに気にしないで下さい。仕事の邪魔にならない様に、なるべく手早く済ませてもらうんで」
「イヤ、それは駄目だ。あんなに良くしてくれる木暮さんに、申し訳が立たん。せっかくうちの陽を雑誌で紹介してくれるって言うのに」
「そうだぞ、陽。あの男は、いい人間だ。間違い無い」
オヤジさんの説教に、すかさず竹内も便乗する。隣で村松も頷いている。工房にたった数回挨拶に寄っただけで、優馬は皆の心をガッチリ掴んでしまったらしい。
「そうよ。新婚旅行のお土産まで貰っちゃったし。あの、ライチのワイン? 美味しかったわねえ」
静江さんがうっとりと目を閉じれば、村松さんも「紹興酒も旨かった」と低く呟く。
一週間のシンガポールへの新婚旅行から帰るとすぐに、優馬は土産を持って工房を訪れていた。「社交性の鬼」の異名は伊達じゃない、と陽は舌を巻いたものだった。
竹内へは酒の他に、6歳になる息子にと機内でもらったという小さな飛行機のプラモデルをあげて喜ばれ、それどころか、今度飲みに行く約束までしているというから驚きだ。
(優馬さん、どこまで根回ししてるんだよ・・・)
取材を受ける本人より盛り上がってしまっている彼らを他所に、陽はこっそりため息をついた。
取材は午後からの予定だったが、どうやら今日は仕事にならなそうだ………
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陽「 優馬さん、コミュ力どうなってんの……」
優馬「リミッター壊れてんだ♪」
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