第35話 宴の終わり
「全く、相変わらず喧しい。写真の腕はいいんだけどな」
「ふふ。ちょっとビックリしたけど、優馬さんのモテエピソード聞けたよ」
「ああ……」優馬は苦笑いしながら首を振った。
「あれ、盛ってるから。いつも話が大げさなんだよ」
「優馬さん」
ピョコン、という感じで、恵流が戻ってきた。
「遅くなりました。なんか、すごい写真撮ってたから、待ってたの」
水の入った紙コップを陽に手渡すと、恵流は優馬に向き直り深々と頭を下げた。
「本日は、おめでとうございます」
「あ、これはご丁寧に。ありがとうございます」
優馬もかしこまって礼を返す。
「栞さん、とっても素敵ですね。あ、もちろん優馬さんも」
「あはは、ありがとう。次は、恵流ちゃんの番かな?」
「えっ……」恵流は絶句して、みるみる赤くなった。
「いえ、あの……私は、私なんて、まだまだ……」
あたふたしながら2歩3歩と後ずさりして行く。
「そうだ。私あの、お庭! お庭を見てきます」
足早に歩み去る背中に、優馬が声を掛ける。
「恵流ちゃん、最後にブーケトスやるらしいから、参加してね」
恵流は歩きながら振り向いて躓きかけ、小刻みに頷いてから庭の奥へと足早に歩いて行った。
「恵流ちゃん、ああしてると、ほんとに森の妖精みたいだな」
「ああ、確かに」
モスグリーンのシフォンのワンピースの裾がふんわりと可憐に揺れているが、同色の光沢あるロールカラーが少し大人っぽい印象を加えている。ゆるく纏ったシャンパンゴールドのストールが、より一層妖精っぽさを増していた。
足元には、華やかな渋いゴールドのパンプス。
小さなアメジストのイヤリングが揺れる耳の辺りでふわふわとカールさせた髪に、コスモスとクレマチスをイメージして作ったという髪飾りをあしらっている。
「秋の花に、初秋の色遣いなんだって」
「へえ……なんかスゴい。女の人は、大変だな」
「しかも髪飾りに使った花の、花言葉まで網羅してる」
「何それ」
「確か……美しい心、純潔……みたいな。聞いたけどあんま憶えてない」
「そんなの気にするやつ、いるか?」
「新郎新婦に万が一にも失礼の無いように、だってさ。まぁ、見てる方はすごく勉強になるけどね。配色とかも」
「……なるほど」
話しながら、陽は淡々とキャンバスに色を乗せていく。少しずつ色を混ぜながら、肌の色を表現しているところだ。
「配色だけじゃなくて、素材も色んなの使いまくるから……俺なら気が狂う」
「たぶん、俺もだ。マジ、男で良かったわ」
優馬は陽の背後に回り、着々と完成に近づく絵を眺めた。
「恵流ちゃんはともかく、こっちもすごいもんだな。いつもの似顔絵とは、描き方が違うじゃん」
「そう。いつものは水彩。今回はアクリルだから、ちょっと画風変えてみた。ちなみに、ウエルカムボードは油彩ね」
事も無げに言って、陽はまた筆の汚れをぬぐった。
「そういえば、ウエルカムボード。すげえ評判よかったよ。自分の時もお願いしたいって言う人も居た」
「マジすか」
「もしかしたら、正式に依頼があるかもな。そしたら連絡先教えていい?」
「もちろん……あ、電話はパス。メールだけなら」
先ほど恵流から受け取った紙コップで、念入りに筆を濯ぐ。
「オッケ。お前さ、あのネームカードあるだろ。似顔絵に付けるやつ。あれにアドレス付けろよ」
「ああ……要るかな?」
「要るだろ。ってか、売り込みとか考えてないの? 今日の感じだと、けっこう需要ありそうだけど」
「売り込み? ………なんか、メンドクサそう」
どうでも良さげな陽の答えに、優馬は思わず笑ってしまう。
「お前ね、欲が無さすぎ。あのな……あっ!」
突然優馬が大きな声を上げた。
「何? どうした」
「恵流ちゃんがナンパされてる」
「え」
見ると、しゃがんで花の写真を撮って居たであろう恵流の側に、幾人かの男性がしゃがみ込み、盛んに話し掛けている。
「あのアホウども……ちょっと行ってくるわ」
「おう。頼んだ」
「コラコラ、そこーーー」
叫びながら走って行った優馬が恵流を救出したのをを見届けると、陽は髪に光を描き込む作業に移った。
† † †
優馬と栞の絵は、大好評だった。
一時間少しで絵を描き上げると、その発表はパーティー後半の山場となった。
木漏れ日を浴びたふたりの輪郭は、キラキラと輝いて描かれた。
優馬は慈しむ様な微笑みを浮かべて栞を見つめ、栞は幸せに照り輝く笑顔を優馬に向け、ふたり寄り添い歩いている。緩やかに広がったドレスの裾から小さく覗く、踏み出した栞のつま先と、そよ風をはらんだベールが今にもふわりと翻りそうだ。
背景の樹々は絵の淵を敢えてぼかして余白を残してあり、それがなんとも言えない軽やかな空気感と空間の広がりを醸し出している。
額に入れる前にと、菅沼が立て続けにシャッターを切った。
それに続く様に、我も我もと参加者達が写メを撮りまくる一幕ののち、皆の拍手のなか絵を受け取った栞は、感激に目を潤ませていた。
「素敵なウエルカムボードに、こんな綺麗な絵まで……」
「いや、やっぱさ、せっかくの結婚式だし、ウエディングドレス描きたいじゃん? そんな機会って、あんまり無いし」
照れ隠しのように袖を捲り直している陽に、優馬が混ぜっ返す。
「こいつは、一秒でも早く上着を脱ぎたかったんだと、俺は見ている。絵を描くのはその口実だな」
「あ、バレてた」
「お庭に出た途端に、上着脱いだもんね」
「しぃーーーっ!」
陽は肩をそびやかすと、恵流に向かい口の前で人差し指を立てた。
「……野生児と森の妖精か。いいコンビだ」
談笑する彼らを、少し離れた場所から菅沼が抜かりなくカメラに納めまくった。
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