第26話 ホムセンで凱旋

 ホムセンの駐輪場に自転車を止めると、陽は恵流の手をがっしり掴んだ。陽の背中に隠れる様にして歩く恵流を、有無を言わさずぐいぐい引っ張って歩く。


「ちょっと、陽。みんな見てて、恥ずかしいよ」

 恵流が小声で訴えるが、一向にお構いなしだ。


「いいのいいの。こういうのはさ、変に内緒にしてると言うタイミングを失うからさ。最初にガツンと発表しちゃった方が、後が楽なんだって。たぶん」

「たぶん、って……陽はいいかもしれないけど、私は現役でバイト中なんだから」



 陽はいきなり立ち止まると、俯いている恵流の顔を覗き込んだ。


「だからだよ?」



……その、笑顔の意味がわからないんですけど。


 言い募る気も失せて、恵流は再び引っ張られるままにいくつもの売り場を通り過ぎる。

 さっきの言葉をどう捉えればいいのか考えるものの、頭の中がフワフワしているし顔は熱いし背中に変な汗をかくしで、一向に考えが纏まらない。


 売り場のあちこちから、顔見知りの店員達の挨拶の声がかかる度、陽はわざと繋いでいる方の手を振って挨拶を返して回る。だからその度に、恵流も腕をブラブラ振り回される。これじゃ、捕獲されてるみたいだ。


 意外なことに、伏し目がちにチラリと観察した限りでは、皆、ふたりが堂々と手を繋いで歩いていることにさほど驚いていない様子だった。お、という顔をしてニヤリと笑ったり、親指を立てたり。そんな程度だ。



 エスカレーターの近くまで来ると、持ち場に戻る途中のアヤと遭遇した。もちろん、アヤには経緯を報告済みだ。


「あら。お手て繋いで練り歩いちゃって、凱旋パレード?」


 からかう様なアヤの声に、恵流は顔を上げられず、もにょもにょと何事かを呟いた。


「ま、そんなとこです」

 陽は恵流の手を握ったまま、フルフルと手を振る。


「あー、ハイハイ。大月くん、ご機嫌ですわね。良かったこと」

 アヤが恵流の肩に、ぽんと手を置いた。


「これでやっと、みんな落ち着くわよ。いつになったらくっ付くのかって、あんた達には相当ヤキモキさせられてたんだから」



「「え……」」

 ふたりの声が揃った。


「あの、私、アヤさんにしか言ってないよ?」

「だーかーらぁ……ま、いいわ。とりあえず、おめでと」


 あ、お客さん来たから、後でね……と手を振り、アヤは行ってしまった。

 ふたりはしばらくその背中を見送っていたが、先に我に帰ったのは陽だった。


「ま、いっか。行こう」



 1階をほぼ一周し、エレベーターで2階へ。

 インテリアや日用品等のコーナーを抜け、文具やクラフト素材、画材のコーナーへと進む。

 画材コーナーへ近づくにつれ、陽はほとんど小走りになった。


「いやー、何度来てもワクワクするねえ」


 子供の様に目をキラキラさせて、恵流に同意を求める。


 まあ、その気持ちは充分わかる。

 ようやく恵流の手を離し、無地のキャンバスを引っ張り出し始めた陽を眺めながら、恵流は「そうだね」と微笑んだ。




「やっぱ、ある程度大きいのが良いよね。少なくとも、8……から、いっそ15ぐらいとか」

「うーん……額も要るし、後々飾ることを考えたら15号は大きいかも」


 結局10号サイズのキャンバスを選び、張りをしっかりチェックした上でカートに入れる。他にも下地剤やら筆洗い用の油などを買い込む。


「……よし。こんなもんかな。あとは家にある分で足りる」


 陽は鼻歌でも飛び出しそうなほど上機嫌だ。大きいサイズの油絵を描くのは久し振りだと言っていたから、よほど楽しみなのだろう。


 次は、普段恵流が担当しているクラフトコーナーだ。

 勢い良くカートを押し足早に歩き始めた陽を、恵流は苦笑いで「お客さん、走らないで下さい」と引き止めた。

 クラフトコーナーは広大だったが、恵流はその売り場を熟知していた。

 迷い無くクラフト素材の棚に到着すると、手際よく商品を選び始める。時おりキャンバスに素材を置いてサイズ感を確かめつつ、造花やリボンをカートに放り込んで行く。


「布関係は、公園の傍の手芸店の方が品揃えが良いから、そっちで買うとして……」 最後にパールビーズを一袋手に取り、買い物を終了した。



「よし。じゃ、会計……」

「待って、陽。額、買ってない」


「あっ」


 慌てて画材コーナーへ戻り、額を選ぶ。陽は大分浮き足立っているらしい。シンプルなパールホワイトの額を選び、今度こそレジへ並ぶ。


「恵流……俺、まだ忘れてたものあったわ」

「え、何? 私、急いで行ってこようか?」


 いや……と、陽は鼻の下を擦った。


「買い物の前に、昼飯食おうと思ってたんだった」

「あ……ほんとだ。私も忘れてた」


 並んでいる他の客の邪魔にならない様、声を潜める。


「なんか興奮して、忘れちゃってた。こういう時って、腹減らないよね」

「わかる! 瞬きとか、息するのも忘れるときあるよね」


 あるある、と、ふたりはクスクス笑った。



   † † †



 持ちやすい様に梱包された荷物を抱え、ふたりはホムセンを後にした。今度は恵流も顔を上げ、職場仲間達に手を振ることが出来た。


「ふぅ。明日の勤務から、色々聞かれちゃうかな」

「かもね。ま、話したきゃ話せば良いし、嫌なら黙っとけばいいし」



 もう。人の気も知らないで、呑気なんだから……


 自転車を押す陽と並んで歩きながら、恵流はほんの少し、腹立たしく思う。

皆に報告(?)出来たことは、確かに嬉しい。でも、こちらにだって心の準備ってものがあるのだ。



「早く宣言しとかないと、他の人に取られちゃったら大変だし」


 あなたが、言いますか。それを……


 高校の時の絶望感を思い出しながら、恵流は内心ため息をついた。まあ、当時の恵流の気持ちを知らなかった陽にとっては、理不尽な話だったが。



「あ、ここでいいんじゃない? 恵流さん、昼飯、ハンバーガーはどうでしょう」


 突然立ち止まったのは、大手ハンバーガーチェーン店の前だ。同意した恵流に、陽はポケットから取り出した財布を手渡した。


「悪い。荷物デカイから、俺ここで待ってる。買って来てくれる?」


 恵流は慌てて財布を返そうとする。

「いいよ、私が買ってくるから。何なら、あとでまとめて清算すれば……」


「いや、面倒だからさ。俺、チーズバーガー2個とポテトのLね。飲み物はコーラでお願いします」



 ハンバーガーショップのレジに並びながら、恵流は口の中でブツブツ呟いていた。


 陽の発言にちょっと頭にきたところで、すぐこれですよ。

 何の躊躇もなくお財布丸々預けちゃうとか、どういうことよ。私、信頼され過ぎでしょ。こんなことされたら、怒ってたのなんてどっか行っちゃうじゃないですか。


……もしかしてあの人、わざとやってない? ほんとに天然なの?




 複雑な想いで紙袋を下げて店を出ると、陽が通りの向こうで大きく手を振った。


 恵流は道路を渡り、財布を陽に返す。陽は中身を確認もせずに財布をポケットにしまって、無邪気に笑った。


「ありがと。いい匂いだ。早く帰って、食べよ」



 こんな顔をされると、さっき疑ったことが申し訳なくなってしまう。


……やっぱりこの人、なんかズルいと思う。



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