第24話 刹那のサイクリング
「お迎えに上がりました」
自転車に跨ったまま手を差し伸べてくる陽に、恵流は戸惑って首を傾げた。
「荷物」
「あ、ありがと」
荷物を手渡すと、陽は自転車の前カゴにそれを入れた。
「よし、乗って」
サドルの後ろをポンポンと叩いて促す。
「重かったらごめんね」
恵流がおそるおそる荷台に座ると、陽は腕を伸ばして恵流の手首を掴み、自分の腹の前で組み合わさせる。
「全然重くないよ。しっかり掴まっててね」
自転車がゆっくりと走り出し、恵流は組み合わせた手に少し力を込めた。固く引き締まった腹筋と、陽の体温が感じられる。
駅前のロータリーを抜け、車の少ない道を選んで進む。短い遊歩道を通り、住宅街に入って行く。初夏の空は青く澄み切り、樹々の濃い緑が眩しいほどだったが、恵流には周囲の様子を見渡す余裕など無かった。
さっき、陽の顔を直視することが出来なかった。どうしても先週の別れ際のことが思い出されてしまう。
今こうして、陽にしがみつくみたいに二人乗りしている私の顔は、真っ赤になっているに違いない。
恵流は恥ずかしくて、陽の背中に額を押し当てた。誰にも顔を見られない様に。
陽の温かな手が、組み合わせた恵流の手の甲をぽんぽんと優しく叩いた。その手はすぐにハンドルへ戻ったが、その一瞬だけで、恵流は泣きそうなくらい幸せな気持ちになった。
10分ほどのサイクリングが終わり、自転車が止まる。
そこは、準工業地域と呼ばれる、住宅や小さな町工場、事務所や倉庫等が入り混じって建ち並ぶ区域だった。
平日は機械の音等が煩いのだが、今日は日曜とあって周囲は静かで、時おりどこかから子供達の騒ぐ声が聞こえるくらいだ。
工房のトラックの横に自転車を止めると、陽は周囲を見回している恵流に声を掛ける。
「しみ……じゃなくて、めぐる?」
言い間違えて、名前を呼び直した陽は、照れ笑いしながら人差し指で首の後ろを掻いた。
「まだ慣れないね」
「……うん」
「夕べ練習したんだけどな、おかしいな」
「練習、したんだ」
「へへ。でもやっぱ、本人を目の前にするとね」
「……そうだね」
こちらも照れてもじもじしている恵流に、陽は誤摩化す様に大きく腕を振った。
「これ。前に優馬さんが言ってたシャッター絵」
「あ……これ、スゴい」
恵流は小走りでトラックの脇をすり抜け、シャッターの正面に移動した。大樹を見上げる様な構図の絵を、さらに見上げる。
しばらく眺めてからその場にしゃがみ込み、もっと低い目線から身上げてみる。
「あ、その姿勢、正解」
陽は恵流に駆け寄り、同様にしゃがみ込んだ。
「こうして、見上げてるみたいに描きたかったんだ」
「うん。わかるよ。この絵見てると、そうしたくなるもん」
恵流はまだ絵を見上げていたが、隣で陽が嬉しそうに笑ったのが、気配でわかった。
「夜になると、今白っぽくキラキラして光の粒みたいに見えてるとこがね、ライトの緑色に照らされるんだ。もっと良くなるよ」
そう言うと、陽は勢いよく立ち上がった。
「だからそれまで、作戦会議」
差し伸べられた両手に恵流が掴まると、グイと引っ張り上げる。身体が浮き上がるほどの勢いで、恵流は小さくジャンプする格好で着地した。
足早に自転車へ向かい、カゴから恵流の荷物を取り出すと、陽は鉄の階段を上り始めた。恵流も恐る恐る手すりを握りしめ、陽の後について急な階段を上る。
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<オマケ>
恵流「陽、腹筋すごい固いね。木で出来てるみたい!」
陽「え? ああ、一応木工屋だからね。木製のコルセットだよ」
恵流「何それ! すごい! かっこいいね!」
陽「……冗談だよ」
恵流「………」
陽「なんかごめん。まさか信じるとは思わなくて」
恵流 「もぉぉ~っ!!o(*>д<)o″))」
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