第23話 天然の所業
恵流のスマホでウエルカムボードの見本を見せてもらいながら、陽は恵流を家まで送って行った。
ハンドクラフトの得意な恵流の頭には、既にいくつものアイデアがわき上がっているらしい。陽の描いた絵に、様々な装飾を施すつもりの様だ。
「絵は後々まで飾れる様に、額やイーゼルに装飾するのがいいと思うの。もちろん、簡単に外せる様にして」
「じゃあ、イーゼルは俺が作るよ。木工は本職だし」
「あ! それ、すごくいい! 喜んでくれそう」
楽しそうに、少しはしゃいで手を叩く恵流は、とても可愛らしかった。
その後も、画材をどうするか、サイズは何号か等話し合いながら歩く。恵流の家はもうすぐそこだ。
「9月……何日だっけ?」
「21日」
「あと3ヶ月弱か。早くイメージ固めなきゃな。あ、清水さん、忙しいんだっけ」
恵流は慌てて首を振る。
「ううん、大丈夫。額の装飾だけなら、デザインさえ決まればそんなに時間かからないはず」
「そっか。じゃあ、来週作戦会議やろう。それまでに、各自アイデアを固めておくということで」
「了解です」
恵流の家の前に着くと、陽は携帯を開いて時間を見た。11時30分。
「門限12時だったよね。余裕でセーフ」
「うん。わざわざ送ってくれて、ありがとうね」
恵流は門扉に手をかけた。
「あの、さ」
振り向くと、陽が手持ち無沙汰に耳たぶを引っ張っている。言い出し難いことを言う時、陽はいつも耳たぶを引っ張りながら目を逸らす。
「あの、これから、恵流って呼びたいんだけど、いいかな」
優馬達の結婚の話題で浮き立っていた胸が、いきなりギュッと痛くなった。息が上手く出来ない。
「えっと、嫌なら、恵流ちゃんとかでも……」
「いえ!」
恵流は締め付けられた胸になんとか酸素を送り込む。
「いいと、思います。恵流で、お願いします」
また敬語になってしまう。
陽は照れた様に笑い、「じゃあ俺は、陽で、お願いします」と恵流に口調を合わせた。
「じゃ、また来週ね。おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
軽く手を振った陽は、もと来た道を戻って行った。
恵流はギュッと縮んだままの心臓に手を当てて門柱に寄りかかり、月明かりと街灯に照らされたその後ろ姿を見送る。
と、数メートルほど行ったところで、陽が足を止めた。急にこちらを振り返り、恵流の姿を認めると足早に戻って来る。
「忘れ物?」
「うん、まあ」
陽が手を伸ばし、恵流の前髪を掻き上げた。視界がふっと暗くなったと思うと、恵流の額に暖かく柔らかなものが触れ、離れた。香水だろうか、爽やかな香りが鼻先に残る。
「落款の代わり。さっき押せなかったから」
目を丸くしてピクリとも動けずにいる恵流に、陽は「じゃあ、おやすみ」と笑顔で手を振り、また帰って行った。
心臓が、止まった……息が、出来ない……
硬直したまま見送っていると、曲がり角のところで陽はもう一度振り向き、大きく手を振って消えた。
恵流はそのまましばらく固まっていたが、やがて夢遊病者の様に玄関への短い階段を上り始めた。
玄関の扉を開け、上がり框に座り込む。無意識のうちに手を上げ、そろそろと額に触れていた。ようやく打ち始めた鼓動が、今度は繰り返し拳で殴られているみたいな衝撃を胸部に与え続けている。
恵流は半ば朦朧とした意識の中で思った。
あの人、やっぱりズルいと思う………
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<オマケ>
陽くん、奥手なのか手が早いのか……
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