第22話 天然と鈍感


「で? そっちはどうなのよ」

 優馬が乾きかけのオードブルを摘みながら、つま先で陽を蹴飛ばす。


「蹴んな。こっちのことはいいんだよ」

 陽がテーブルの下で蹴り返す。



 テーブルの下で子供じみた戦いを繰り広げる男共を横目で見遣り、栞と恵流は呆れ顔で笑った。

 ふと気付いた様に、栞が恵流の手の甲を指差し、意味あり気な笑顔で眉を上げてみせる。


 恵流は急に赤くなって俯き、小さく頷いた。



「お、女子チームがなんかアイコンタクトをしている」

「ん?」


「イヤ待て、陽。女同士のアイコンタクトほど危険なものはないんだ。首を突っ込むな」

「危険なんだ。わかった。知らないフリする」


 急に声をひそめた優馬に乗っかって、陽も声を落とす。


 栞が声をあげて笑った。

「あなたたち、本当、あっという間に仲良くなったわね」


 恵流も頷いて賛同する。

「ね。兄弟みたい」


「えー、そうかぁ?」と言いつつ、優馬はまんざらでも無さそうだ。


「陽、オニイサマと呼んでもいいんだよ?」

「やだ」


 即答かよ、と笑う優馬に、栞が肘で合図した。


「ね、あれ、頼まなきゃ」

「あ。そうだった」



 優馬と栞は椅子の上で姿勢を正し、座り直した。


「えー、おふたりに折り入ってお願いがありまして」


 栞が神妙な顔で頷く。


「再来月の結婚パーティーにご出席いただきたく、また、陽にはさ……ウエルカムボードを描いて欲しいんだよね」



 後半からいきなり砕けた口調になったが、陽は全く気にしていないらしい。


「ウエルカムボード? 何それ」



 どうやら初耳らしい陽に、栞が説明する。


「会場の受け付けの横に飾って、招待客をお迎えするものなの。絵だったり、フラワーアレンジメントだったり、オブジェだったりと、色々あるんだけど。要は、『いらっしゃいませ』っていう看板ね」

「それでさ、俺らふたりの絵を描いて欲しいんだ。ギャラは、” 君らふたりを会費・祝儀ナシで招待 ”ってことで、どうかな? 所謂レストランウエディングってやつでさ、料理が美味い店なんだ」



 あっさりと、陽は頷いた。

「うん、いいよ。描く」


 隣から、恵流がおずおずと口を挟む。

「あの……私も? いいんですか?」


 栞がにっこり微笑み、大きく頷いた。


「もちろん。今日、恵流ちゃんも来るって聞いた時、きっとカップル成立したんだな~って思ったの。だから、その時点で招待しようって決めてたのよ。もちろん、ご迷惑でなければってことだけど」


「迷惑だなんて、そんな! すごく嬉しいです」


 慌てて首を振った恵流に、栞は「良かった」と微笑んだ。



「で、どんな風に描けばいいの? リクエストとか、ありますか?」


「リクエスト……考えてなかったわ。なにか、ある?」

「俺も、そこまでは。栞を綺麗に描いてくれたらそれでいいや」


「やだ、何よ……」

 栞は妙に照れだし、僅かに残ったシャンパンを飲み干した。恵流がそっと、残り僅かのシャンパンを注ぎ足す。


「栞さんは普通に描いても綺麗だから、大丈夫。優馬さんは……髪の毛を多めに描いてあげます」

「お前ね、まだ言うかコノヤロウ」


 楽しそうに笑いながら、栞は優馬の頭を撫でて慰めた。


「禿げても嫌いになったりしないから、大丈夫よ」

「あの、禿げる前提で話すの、やめて下さい……」


 泣き真似をする優馬が笑いを誘う。



「服装は? やっぱドレスがいいのかな。写真とかあれば……」

「あ、ドレスはまだ決めてないのよ。仕事が忙しくて」


 そっか……と、陽は少し考える様子を見せた。


「じゃ、今日の服装で描きます。今日の栞さん、すごく幸せそうだし」



 栞の動きが、ピタッと止まった。


「……大月くんって、たまにそういうグッとくること言うよね」


 そう! とばかりに、恵流は下唇を噛みしめながら何度も激しく頷き、賛同の意を示した。



「お前、ヤな奴だな!」


 キョトンとしている陽に、優馬は苦笑いしながら陽に指を突きつける。

「オニイサマは怒った。罰として、飲み物オーダーして来い」



「……なんでだよ……」


 困惑しながらも、陽は渋々立ち上がりカウンターへ向かう。店内はいつのまにか、ほぼ満席になっていた。


「適当でいいから、ツマミもなー」

「うーい」


 罰ってなんのだよ……とブツブツ呟く陽をの背中を見送りながら、栞が感心したような声で囁く。


「あれって、素で言ってるから凄いよね。恵流ちゃん、彼、昔からそう?」


「うん……そういうとこ、あったと思います。何かを誉めることに、照れとか躊躇が無いみたい。良いと思ったら、素直に口に出しちゃうみたいで。もともと皆で騒ぐとか少なくて、クラスの子達からも寡黙な人だと思われてたんだけど、少ない言葉で……こう、本質的なところにズバッと切り込んでくるというか」



「陽の高校時代か……そういや、聞いたこと無かったなぁ。どんなだった?」


 うーん……恵流は少し考え込んだが、話し始める。


「高校の頃は、なんか別次元の人って感じでしたね。だから、優馬さんとじゃれ合ってるの見た時、意外でした」


「まあ、この人の場合、少し特殊だから」

「学生時代は、社交性の鬼と呼ばれてました」


 優馬は気取って、前髪を横に流す仕草をする。


「あはは。でも大月くん、女子からは結構人気ありましたよ。でもみんな、憧れて遠巻きに眺めてる感じ。男子からも、一目置かれつつちょっと距離がある感じかな。えーと、孤立ってわけじゃなく、つかず離れず、みたいな」


「ふうん。まあ彼、美形だしね。同世代の子が近寄り難いのもわかるわ」


「そうなんです。話してみれば気さくだし、とても親切なんだけど。休み時間とか、ほぼ絵を描いてたから、しかもすごく真剣な様子だったから、邪魔しちゃ悪いよね? ってみんな遠慮する感じで」


「ほんと絵が好きなんだな」


「夢の中でも絵を描いてるって言ってました」

うふふ、と何故か恵流は嬉しそうに笑う。



「その頃から彼が好きだったのね」


 栞の言葉に、恵流は心底驚き目を見開く。


「なんで……え、わかります?」


 恵流の驚きように、逆に栞も驚いている。


「なんでって、わかるわよ。口ぶりとか見てれば……ねえ?」

「あ……ごめん、俺、全然わかんなかった。イヤ、今はわかるけどさ、高校時代からとかは」


 呑気にチーズを齧っている優馬に、栞が大きなため息をついた。

「そうだった……この人も、恋愛関係は大概鈍いんだったわ」


 大体あなたはねえ……栞の矛先が優馬に向きかけたところで、陽が戻って来た。優馬は少しホッとした表情を見せた。


「おう、お帰り。遅かったな……って、自分で持って来たのか」


 陽は片手にワインのボトル、片手に料理の皿を持っていた。


「うん。マスターさん、忙しそうだったから。栞さん達の好きなもの、見繕ってもらった。グラスはこれ使っちゃっていいよね?」

「おう、構わん」


 手早く片付けられたテーブルにワインと皿を置くと、優馬がボトルを取った。空になった陽のシャンパングラスに、白ワインが注がれる。


「飲め、女の敵。いや、男の敵でもあるか。じゃ、人類の敵だな」


「何だよ、それ」

 さっきから意味わかんね……と呟きながら、困惑した表情で椅子に座る。



「天然だわ……」

「そうなんです……」


 女達はゆるゆると首を振りながら、深いため息をついた。



「鈍感と天然か。お互い苦労するわね」


 栞がグラスを差し出すと、恵流もそれに倣う。

 チン、と心地よい音が響き、ふたりはワインをひとくち飲んだ。



 その光景を、優馬と陽はどうにも腑に落ちないといった表情で眺めていた。



______________________________________

<オマケ>


優馬「俺、鈍感じゃないし」

陽「俺、天然じゃないし」


栞& 恵流  ┐(´д`)┌ ヤレヤレ┐(´д`)┌

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