第20話 ふた組の恋人たち
「お、なに? キミタチ。やっとくっ付いたね?」
恵流の手を引いて待ち合わせのバーに現れた陽に、店の奥から優馬が声をかけた。
「うん、まあ、そういうことになりました」
簡潔に言うと、恵流を先に座らせ、陽もその隣に座る。
「……わたし別に、何も言われてないし、何も答えてないもん」
せめてもの抵抗を示した恵流に、陽は黙ってポケットから落款印を取り出した。手を伸ばすと恵流の前髪をあげて額を露にし、そこに判を押そうとする。
「ちょ、何? やーめーてーよお! わかった、わかったから」
攻防の末折れた恵流に、陽は「よろしい」と満足げに言うと、落款印をポケットにしまった。恵流は小さく「もう……」と呟き、ほんのり染まった頬を膨らませる。
「なんだお前ら。そういうのは家でやれ」
苦笑する優馬の背後から、栞が現れた。
「こんばんは。なんだか楽しそうね」
ストレートの黒髪が、襟ぐりの広く開いた白いカットソーの上で揺れている。ロイヤルブルーのシックなフレアスカートに共布の幅広ベルト、黒のパンプス。綺麗な白い薬指にはダイヤが、すらりと長い首には繊細な作りのパールが光る。
今日の栞からは、普段より少し改まった印象を受けた。
「あ、お久しぶりです、栞さん。あの、こっち、清水恵流さんです」
「初めまして。清水恵流と申します。今日は突然お邪魔してしまって、すみません」
「いえいえ、大月くんの彼女さんなら大歓迎よ。初めまして、神崎栞です」
にっこり笑って隣に座った栞に、優馬が口を尖らせた。
「違います。コグレシオリですう」
「ふふ。まだだもん」
「え、じゃあ」
「うん。今日やっと、会場押さえたんだ。明日、入籍してくる。」
互いを祝福する声が飛び交う中、シャンパンとグラスが運ばれてきた。
「店からのサービスです。ふたりとも、ご結婚おめでとう。長かったね」
痩せた白髪混じりの男が、微笑んでグラスを配る。白いシャツ、黒いパンツに黒いベスト。深緑色のカフェエプロン。
「ありがとう、マスター。閉店前にいい報告が出来て良かった」
「この店が無くなっちゃうのは残念だわ。素敵だし、私達の思い出の店なのに」
各々がシャンパンの注がれたグラスを受け取り、目の前に掲げる。
「ふたりの結婚に」
「新しいカップルに」
「マスターの新たな旅立ちに」
『乾杯』
† † †
「ね、栞さん。思い出の店って、どんなですか?」
恵流はもうすっかり、打ち解けている。陽よりも断然酒に強いので、酒の力を借りてというわけではなさそうだ。
「んー。今日ここで待ち合わせたのにも関係あるんだけどね。プロポーズの話」
ふふっ、と笑う栞に、優馬が情けない声を上げる。
「その話? もういいよ~。勘弁して」
「それは是非聞きたい」
陽は優馬に意地悪な笑みを向けると、身を乗り出して栞に話を促した。
______________________________________
<オマケ>
マジで。家でやれ。
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